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〜久遠の疑問〜⑤(完)

久遠と千里は午後の授業をサボった。 まさに行為の最中は五限目であったし、千里から驚きの発言があった際にはすでに六限目にまで突入していたので今さらだ。 呼び付けた久遠専属の運転手の車に乗り込み、発情期前で眠気が増しているらしい千里を抱き上げて自室のベッドに運んだ。 「ちー君、眠そうだね」 「…………うん。 眠い……」 「僕がそばにいてあげるから、夜ご飯まで寝てていいよ。 ちー君のお母さんにはもう連絡しておいたから、安心してね」 「……ありがと。……でも……」 「うん? 何か欲しいものある? 喉が渇いたかな?」 横たえた瞬間から意識が飛んでしまいそうな千里の頭から、ぴょこんと耳が出てきた。 可愛くてその耳ごと頭を撫でていると、千里が眠そうな目を擦りながら久遠を見た。 「違う……。 今、しないのかなって……」 「しないって何を?」 「………………」 何か約束していたっけ…。 久遠を見ていた千里の瞳が揺れている。 何か言いたそうだ。 図書室で一度セックスして、その後は千里と千歳の密会の衝撃が凄すぎたせいで、「何か」を忘れているのかもしれない。 首を傾げた久遠に、千里は少しだけ目を開いて背中を向けた。 「分かんないならいい。 もう知らない」 「えっ? 何っ? ちー君、どうして怒ったの!」 「おやすみなさい」 「ちょっと待って、ちー君! 僕何か忘れてるの? ごめんね、忘れちゃって……! 教えてほしいなぁ?」 「知らない。 久遠のパカ。 おやすみなさい」 「パカ……? ちー君、あの……パカって何?」 初めて聞く単語を口走るほど、千里が怒っている。 背中を向けられて寂しい久遠が「ねぇ…」と布団をつついた。 ……何をそんなに怒っているの。 ……パカって何? 本格的に寝ようと意識を解放したのか、尻尾までもふっと現れて久遠は項垂れる。 すると千里は、シルクの掛け布団を頭まで被ってしまった。 「……「バカ」って言いたくない。 パカは同じ意味」 なるほど、本当は「バカ」と言いたいが千里なりのオブラートに包んでくれたらしい。 「そ、そういう事ね……」 「パカ久遠。 べーっだ」 「なっ……? だから何で怒ってるの……ん?」 言いかけた久遠の鼻腔を、あの甘美なにおいがくすぐった。 簡単に、ほんの一瞬で理性が飛んでしまいそうになるほどの耽美なこの香りは、ついさっきまで味わっていたので久遠の神経がしっかりと覚えている。 そして思い出した。 続きはベッドで…と言って二回戦をやめた事を。 ただしそれは、忘れていたというより千里の現状からして無理だろうと思っていただけだ。 「あ……ちー君、……したいの? っていうか、していいの?」 「………………」 「ちー君?」 滑らかな質感の布団を優しく剥ぎ取り、向こうを向いてしまった千里の顔を覗いた久遠はハッとした。 顔が真っ赤だ。 耳まで赤い。 問うてすぐからさらににおいは増した事により、それが千里からの返事と受け取って良かった。 「ふふ……可愛い。 ねぇちー君。 ちー君眠そうだから、今はやめた方がいいかなって思っただけだよ? 忘れてたわけじゃないよ?」 「………………」 「したいのは、ちー君だけじゃない。 僕は毎日、いつだってちー君を欲してる。 ……我慢、してるんだからね」 恥ずかしがって目を瞑ったままの千里の上に覆い被さると、尻尾が腕に絡み付いてくる。 久遠は、自分だけが千里を欲していると思っていたので、こうして拗ねてしまうほど千里も久遠が欲しいと思ってくれている事に感動した。 忌々しい千歳に、この姿を見せ付けてやりたいくらいだ。 いくら千歳が千里を狙っていても、千里は久遠を選んでくれている。 久遠を欲しいと思ってくれている。 照れながら虚勢を張って可愛く拗ねているそれに、千里からの精一杯の愛情を感じた。 「…………我慢……しなくていい」 「えっ? でもちー君眠そう……」 「いいって言ってるもん。 ちーも、いつでも久遠が欲しいと思ってるもん。 ……パカ久遠……」 「ちー君……!」 なんて可愛らしい告白なのだろう。 絡み付いてくる尻尾を愛しく撫で上げて、久遠の不安や疑問を一蹴してくれた千里に優しいキスを落とした。 恥ずかしそうに耳をぴょこぴょこさせながら、二人の全身を包む甘く芳しい香りを漂わせてくる久遠の愛しい人。 「嬉しいよ……ちー君。 僕だけがちー君の事大好きなのかなって、ちょっとだけ心配だったから……」 「んっ……なんで? ちーは久遠のでしょ? 久遠、好き。 ちーに優しくしてくれる久遠、好き」 「っ…………可愛い……!」 「……マスカット味の飴玉くらい、好き」 「ふふ、今はそれでもいいよ」 頬をピンクに染めた千里を裸に剥きながら、ふわふわの耳に口付ける。 千里が一番好きな飴玉の味は、マスカット。 久遠の事は、その一番に匹敵するのだと今は喜んでおこう。 耳と尻尾をゆらゆらさせて久遠を待つ千里から、いつか、「マスカット味より好き」と言ってもらえる日が来る事を祈って──。 2020/02/24 〜久遠の疑問〜終

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