9 / 34
〜久遠の疑問〜④
「ベロで入れてくれなかった。 二人の時は、口で入れてくれる約束だった」
「ちー君……そんな事言われたら、ベッドまで我慢出来なくなるよ……」
「………………」
む、と唇を真一文字に結んだ千里は、久遠から視線を外した。
拗ねているのに、口の中でコロコロと飴玉を動かして味わっている。
どちらかというと今拗ねたいのは久遠の方だ。
どんな経緯で千歳と二人きりの状況になったのか、そして、千里は千歳と同じ空間にいる事によって久遠が不機嫌になるかもしれないと分からないのか、どちらにしても由々しき事態である。
久遠は不貞腐れた千里の顎を取り、瞳を覗き込んで視線を合わせた。
「ねぇちー君。 もう、僕に内緒で千歳と会わないでほしいな。 ……ちー君の事、取られちゃったらどうしようって僕……悲しくなってしまう」
「なんで悲しくなるの?」
「ちー君を取られたくないからだよ」
「ちーは久遠のでしょ?」
……それは分かってくれているのか。
即答だったのは嬉しい。
千里は久遠の大切な人だと分かっているのに、色恋から遠ざかっていた千里は久遠の嫉妬の意味が分からない様子だ。
仕方がないのかもしれないけれど、自覚があるなら尚の事、もう少し危機感を持ってもらいたい。
「そうだけど、……とにかく千歳と会わないで。 ね?」
「無理だよ。 お父さんが家に連れて来るんだもん」
「えっ? ……どうして?」
「お父さんと、千歳くんのお父さんが仲良しだから。 二人がお酒飲んでる間、ちーと千歳くんは部屋でゴロゴロする」
「へ、部屋でゴロゴロって……!」
お父さんが理由なら何も言えない…と脱力しかけて、思いがけない不穏な台詞にギョッとした。
それは駄目だ。
二人きりで部屋でゴロゴロなんて、言い草からしてベッドの上での微睡みのように聞こえて心が落ち着かない。
しかも、それを言う千里が何食わぬ顔をしているのが不思議で仕方がなかった。
「千歳くんの飴玉より、久遠がくれる飴玉の方が好きだな」
「飴玉……っ? まさか口移しで貰ってないよね!?」
「うん。 あれは久遠とだけ。 他の人から口で貰うなんて気持ち悪いよ」
「そ、そう……安心した……」
久遠を浮き沈みさせる事を次々と言うので、気持ちが忙しい。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、千里がニコッと微笑んでまたも久遠をギョッとさせる。
「千歳くんがね、ちーに発情期が来たら美味しい飴玉持ってお見舞いに来てくれるんだって! マスカット味あるかな!」
「ダ、ダメだよ! 発情期の間は誰とも会っちゃダメ!」
「なんで? 美味しい飴玉ほしい」
「僕がいくらでもあげるから! 発情期は誰も部屋に入れちゃダメだよ!」
この可愛いチンチラ君は、自覚がないばかりか無邪気過ぎる。
飴玉につられて、発情期に千歳と「部屋でゴロゴロ」は絶対に駄目だ。
今はまだ四六時中そばに居られるわけではないのだから、千里が気を付けてくれなければ久遠が平静でいられない。
久遠の剣幕に気付いた千里が、「あ」と声を上げた。
「……そっか。 発情期は、虜になっちゃうフェロモンモンが出るんだっけ」
「モンが一つ多いけど、そういう事。 千歳はちー君の体を狙ってるんだよ。 子どもを作って種の繁栄、なんて言い訳」
「うーん、うん?」
「ちー君、分かってる? とにかく千歳と二人きりには……」
「なっちゃダメ、でしょ。 分かったよー。 久遠のこわい顔イヤっ」
プイとそっぽを向く千里が、本当に分かってくれているのか不安でたまらない。
久遠の知らない間に、千歳と二人きりで過ごした時間があった事がすでに許せないのだ。
知ってしまったからには、二度とないようにしてほしい。
千里の事が大好きで手放したくなどないから、焦ってしまってこわい顔にもなる。
甘美な香りは、他の誰にも嗅がせたくない。
……ちー君、僕の事が好きって、ちゃんと自覚してくれてるのかな……?
ともだちにシェアしよう!