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【デートプラン】

 肌寒さが残る三月十四日、早朝。  寝起きの悪い橘と、朝から元気な由宇はいつもの休日よりも早い時間から一人前の朝食を分け合って食べ、いそいそと出掛ける準備を始めた。  車のキーを手にした橘に、満を持して由宇が差し出した紙切れに数分沈黙の時が流れる。  ルーズリーフにぎっしりと書き込まれた文字を見て、橘は無表情なりにギョッとしていた。  片や、キラキラした眼差しで橘を見上げる由宇の心は、早朝にも関わらず弾んでいて、すぐにでも行動を起こしたいと無垢なその表情に表れている。 「…………多いな」  呟いた橘は、とりあえずサングラスを掛けた。  今日も変わらず全身黒ずくめの出で立ちで、髪をハーフアップに結った橘はやはり黒いその筋の組織の人間のようである。 「ねっ、ねっ? だから早く行こう!」 「ほんとにこれ全部行くつもりか? 一日でこなすプランじゃねーぞ。 移動時間とか考えたのかよ?」 「いいや、考えてない! とにかく行けるとこまで行こっ」  いや絶対無理だろ、と溜め息を吐いた橘は、由宇の汚い字がこれでもかと並ぶルーズリーフを二回折ってポケットにしまい込んだ。  はしゃいでいる由宇の後ろ姿を見ていると、あまり強くは言えずに黙って助手席のドアを開けてやる。 「いいか、安全運転で行くからナビの倍は時間かかると思っとけよ」 「分かってるってば。 ふーすけ先生がそんなに言うなんて気持ち悪いよ」 「なんだと?」 「わぁぁっ、ごめんなさいっ! 睨むなって! いや睨んでるかはそのサングラスで見えないけど、眉毛が怖い!」 「眉毛に意思は無ぇ」 「先生のはありそうだよ!」  シートベルトを嵌めながら喚く由宇に、軽めのデコピンだけお見舞いして運転席に落ち着いた橘は、先程しまったルーズリーフをおもむろに開いた。  行きたいところ、食べたいもの、見たい景色、何でもいいから考えておけと言ったのは確かに橘だ。  不意打ちでエッチなメイドがバレンタインに降臨したので、やはりお返ししてやるのが筋だろうし、大学での勉強が想像以上にハードらしいから由宇の気晴らしにもなると思った。 「それにしても多いっつの」 「何がー?」 「これだ。 やっぱどう考えても無理だから、せめて二つに絞れ」 「えぇーっ? だって、行きたいとことか、食べたいものとか、見たい景色とか、してほしい事とか、考えてとけって言ったのは先生だろー?」 「日数あればこれ全部叶えてやる事は出来るけど、俺は時間操作は出来ねーんだって」 「…………魔王様に頼めばいいのに」 「何?」 「いや、なんでもない!」  慌てて取り繕った由宇が、誤魔化す素振りで窓の外に視線をやった。  ハンドルを握る橘は、バックミラーにチラと映る由宇の表情を窺う。  橘は悪魔でもなければ魔王様とやらに知り合いも居ないので、ルーズリーフの行数いっぱいに書かれた由宇のお願い事を今日一日で叶えてやる事は出来ない。  動物園、水族館、映画鑑賞、ボーリング、カラオケ等々、橘とは縁遠いごく普通のデートをご所望らしいが、気が進まない以前に今日一日で記載されたすべてをこなすなど不可能なのである。  しかしまぁ、各リストの下に箇条書きで事細かく由宇のプランが記されてあるところを見ると、勉強もそこそこに今日の日を楽しみにしていた事が窺えて微笑ましくもあった。  由宇のプランと、こっそり考えていた橘のプランを合致させるには、少々の話し合いが必要そうだ。

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