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【デートプラン】2
今日の行き先は、とある出来事によりケーキをたらふく食べさせてやると言った橘の口約束を叶える形となったケーキバイキングと、一度も行った事がないと由宇が寂しそうに語っていた動物園に決まった。
どちらも橘には初見の場所で、かつ場違いである自覚も充分にあったが、由宇が行きたいというからには連れて行ってやりたい。
父親は外科医、母親は看護師という多忙過ぎる職種に加え、色々あった夫婦のいざこざに巻き込まれた由宇は寂しい思いをしてきた。
「動物園は絶対行きたいな…」と幼子のように漏らした、そんな由宇のしょんぼり顔に橘は弱かった。
「ねぇねぇ、なんでプラネタリウムは却下だったの?」
目的地周辺です、とナビから音声が流れた直後、おとなしかった由宇がふいに橘に問うた。
早くも家族連れや男女のカップルが入園入口に吸い込まれていく様を見やり、厳つく黒光りした愛車を駐車スペースに滑り込ませてフッと笑う。
「なんででも」
「えー? 意味分かんない。 答えになってない」
「じきに分かる。 おら、行くぞ」
「……はーい」
腑に落ちないと首を撚る由宇を連れ立ち、橘は生まれて初めて「大人二人」という台詞を発して入園チケットを買った。
由宇が指折り数えて今日のホワイトデーデートを待ちわびていたように、橘も密かに企てていた今宵のプランはまだ教えたくない。
まずは、無茶だと知りながらいくつもの願い事を記した、愛すべきペットの望みを叶えてやるのが先だ。
橘の完全なる黒い見てくれが、ほのぼのとした家族の休日を損なっているかもしれないが、待ちきれない様子でパンフレットを開く由宇の横顔に何やら橘の気分も高揚する。
「すごい……! 入って早々 獣のにおいがする!」
「どんなにおいだよ」
「先生感じない? あっ、猿だ! こっちはヤギと馬だって! くさいはずだ!」
「お前においの事しか言ってねーじゃん」
「うわぁ、本物だぁ。 てか動物園ってくさいんだねー!」
「おい」
くさい、を連発する由宇が可笑しくて、橘はサングラスを外しながら珍しくゲラゲラ笑ってしまった。
もっと他に感想はないのかと思いつつ、童心に返って様々な動物と触れ合う由宇は無邪気で可愛かった。
動物によってはエサやり体験が出来て、橘はその看板を見つける度に甲斐甲斐しくエサを購入して由宇に渡してやった。
何故かゾウへのエサやりだけは猛烈に嫌がっていたので、仕方なく橘が腕を伸ばして思いがけず初体験をさせてもらった。
「───先生溶けてない? 大丈夫?」
パンフレットを広げ、時間をかけて隅々まで堪能した由宇はひどく満足気だ。
休憩スペースに腰掛けて水分補給をする由宇が、ペットボトルの緑茶をがぶ飲みしているだけでやたらと周囲の注目を集めてしまう橘を見上げた。
橘は自他ともに認める吸血鬼体質なので、日光にあまり強くない。
揶揄いを含んだ由宇の半笑いに唇の端を上げた橘は、なかなかに気持ちの良いほっぺたを摘んでやる。
「溶けそう。 てか溶け始めてねぇ?」
「まだ大丈夫そうだよ。 先生、お腹空いたぁ」
「メシ食うとこあんだろ? さっきレストランっぽいの見かけたけどな」
「……先生……ワガママ言ってもいい?」
「何だよ」
「もうたっぷり堪能したから、外の世界でご飯食べたい。 ここくさいんだもん」
「プッ……」
やっぱりそれかと、危うく緑茶を吹き出すところだった。
由宇は素直だ。
嬉しい、楽しいと存分にはしゃぎながら可愛い笑顔をたくさん見せてくれて、バレンタインのお返しのつもりだった橘の方がさらなるプレゼントを貰ったような気になった。
約三時間も由宇に付き合って歩き回ったが、二人のデートらしいデートはこれが初めてだ。
晴天に恵まれて良かったと、由宇に気付かれないように橘はらしくない穏やかな微笑みを一人で漏らした。
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