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【デートプラン】3
夕暮れの山道をぐんぐんと進む、橘の愛車。
お昼時を過ぎてちょうど良かった、完全予約制である高級中華料理店に顔パスで入店し、腹ごしらえしたその後、巷で話題のケーキバイキングで由宇の食べっぷりを眺めた。
一切甘いものを受け付けない橘は、由宇の皿に山と盛られたケーキを見てゲッソリしたものだが、幸せそうにそれらを平らげる姿はとても好きだった。
他愛もない会話を交わしながら、「美味しい」と笑む由宇には愛おしさしかない。
由宇はもちろん、恋人と何気ないデートをするという経験を、橘もした事がなかった。
恐らく相手が由宇でなければ、何一つワガママなど聞いてやるかと耳を塞ぐだろう。
由宇を心から楽しませてやりたいと思った橘は、今日一日の自身の行動を振り返ると驚きの連続だ。
しかもまだ、今日のデートは終わらない。
行き先は伝えていなかったけれど、見覚えのある景観が次第に由宇の頬を緩ませている事に気付いた橘も、心中踊っていた。
「先生、……ここ……」
「懐かしいだろ」
「…………うん……」
「チェックインしたら散歩行くぞ」
「え……っ? 先生今日動き過ぎじゃない? マジで溶けちゃうよ」
「夕陽は平気」
「あ、そう……」
橘は、あの時と同じ部屋を予約した。
質素だが広々とした現実離れした室内と、自然豊かな景色が望める開放感溢れるバルコニーが、ほんの三年前とはいえ懐かしかった。
記憶の中のペンションでの思い出は、橘だけでなく恐らく由宇にとっても苦いままだ。
自覚のないまま、何が何だか分からないうちに欲情して不埒な行為に及んだ橘と、火照った頬と心を持て余し、熱が出たと思い込んでいた由宇はあの時すでに想い合っていた。
散々遠回りをしたけれど、二人の結果はなるべくしてこうなった。
感慨深げに室内を見回していた由宇の手を取り、ゆっくりとした足取りで記憶の中の散歩道へと出掛ける。
僅かしか人の手が入っていない砂利道に、普段から小さな由宇の歩幅はさらに狭くなった。
「……懐かしいな……」
周囲に人の気配がしないので、堂々と手を繋いだ二人の間を冷たく澄んだ山風が通り抜ける。
呟いた由宇の声に、橘は歩を止めた。
「あん時ここで過ごした二日間は、俺にとって有意義だった」
「……俺もそうだよ」
「初めて我慢プレイしたしな」
「なっ……! 有意義だったって、そこ?」
「冗談」
「先生って真顔で冗談言うから分かりにくいんだよなぁ! どれがホントでどれが冗談なのか分かんない……んっ」
オレンジ色から濃い青色に変わり始めた空の下、キャンキャンと元気に鳴く由宇の唇をさらりと奪って黙らせる。
触れるだけに留めたキス一つで、ピクッと体を揺らした由宇はおとなしくなった。
「お前を守っていくっていう意識が違う。 お前への気持ちもあの時とはまるで違う。 ここから見る景色も、歩いてる感触も、全然違う」
「…………っっ」
「見てみろ」
「え、っ……?」
由宇の手を強く握り、拓けた場所まで移動すると橘は薄暗い空を仰いだ。
つられて由宇も見上げる。
「わぁぁぁ……っっ!」
感嘆の声を上げた由宇の目に飛び込んできたのは、普段見ているそれより遥かに近い場所で輝いているいくつもの星だった。
橘がわざわざ日が暮れ始めてから散歩に行くと言った意味を、プラネタリウムを拒否された理由を、由宇はこの時ようやく知った。
色素の薄いふわふわの髪を揺らして空を眺めている由宇の肩を、橘も同じものを見て感動を覚えながら、そっと抱いてやる。
「露天風呂入った時、メシ食った後、寝る前、……ここだと堪能し放題だろ」
「うん……っ、うん……!」
世のカップル達がどんなデートをしているのかなど知らないし、今まで興味も無かった橘が導き出したデートプランは「由宇を喜ばせたい」に尽きた。
泣き虫な瞳に溜まった涙が零れ落ちる前に、小さく愛おしい体をぎゅっと抱き寄せた橘は『少々気障過ぎだったか』とこっそり照れていた。
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