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スノーフレーク
君と出会って好きになった花がある。
白くて小さいその花は雪片って意味なのに春に咲く。
だから、その花はサマースノーフレークと呼ばれている。
◆◆◆◆◆
大事な日なのに、少し飲み過ぎてしまった……。
楓(かえで)は酔いのせいで足取りがフラフラなまま、目に付いた花屋へと入った。
時計はもう直ぐ23時になるところで、普通の花屋なら閉まっている時間だから都合が良かった。
楓は店内をキョロキョロしながら花を探す。
何でもいいわけではない。
黒い筒に束ねて置いてある花を掴み、
「すみません」
と声を張った。
「はい。」
奥の方から若い男性の声がした。
店の作りは花を包むカウンターがあり、返事をした男性が顔を出す。
「これ、下さい」
「あ、はい。」
男性は返事をしたものの、楓の方には来てくれない。
いつも買いに行く花屋の店員は側まで来てくれるのに、男性は楓を見ているだけ。
えっ?俺がそっち行かなきゃダメなのか?
ちょっと、ムッとしてしまった。
見た目、若くて20歳そこそこくらいで、可愛い顔立ちをしている。
色白で、儚そうな……そんな雰囲気を持っている男性。
接客業なのに、愛想がないように見える。なにより、カウンターから出ようとしない。
俺、客なのに!!
いつもの花屋が愛想が良い分イライラくるし、何より今日は酔っている。
酔っているというより、悪酔い。
仕事場の上司が人間のクズみたいな奴で何かと楓や、その他のスタッフを上から目線で見下すのだ。
行きたくもない会社の飲み会で、その上司の餌食になってしまった楓。
楓が高卒ってだけの理由。本当にくだらない。
だから、もしかして、この男性も自分を馬鹿にしているんじゃないかって思ってしまった。
だから、
「おい、客来てるのにカウンターの中から出ないのかよ!」
と言ってしまった。言った後に後悔する癖に悪い言葉を声にしてしまった。
「すみません。そうですね。そちらに行きますから、ちょっと待って貰えますか?」
意地悪な事を言ったのに男性はフワリと笑った。
そして、移動し始めたのだけど、移動の仕方が……何かに乗っているようにスーッと動いた。
男性が楓の正面に姿を現して、スーッと移動した理由もカウンターから出なかった理由も分かった。
男性は車椅子に乗っていたのだ。
楓は言ってしまった言葉に後悔した。
出て来ないんじゃなくて、出て来れなかったんだと。
カウンターから楓の元に行くまでに少し時間が掛かった。
楓がカウンターに行けば金銭授受のやり取りは直ぐに終わるのに。
楓の側に行くまでに遠回りをしないといけないのだ。
カウンターからも出れるような作りになってはいるが、車椅子が通らない。
「すみません、お待たせしました。」
男性はニコッと微笑んで楓の側に来た。
カウンターからは同じ目線だったけれど、車椅子の男性を見下ろす感じになってしまって、楓は視線を外した。
近くで見た男性は女の子みたいに可愛い。
まつ毛も長いし、雪みたいに肌が白いし……
恥ずかしくて直視出来なかった。
「花束にしますか?リボンは?」
「あ、リボンはちょっと、亡くなった人に贈るから」
「あっ、そうなんですか。じゃあ、ちょっと待って下さいね」
男性は楓から花を受け取りカウンターに置いて、また、車椅子で遠回りしてカウンターの中へと入っていく。
俺が出て来いって言わなかったら、こんな時間かけずに済んだのに……
なにより、酷い事を言ってしまったのだから、知らない事とはいえ、自分が悪い。
謝りたいけれど、何故謝るのか?って考えた。
キツく言ったから?
それとも、車椅子だと知らなかったから?
これで、車椅子じゃなかったら謝らなかったかも……傷つけちゃうかな?
色々と考えた。
「あの~」
男性の声で顔を上げた楓。
「包みましたよ」
ニコッと男性は微笑む。
「あ、すみません……いくらですか?」
楓は財布を出して、言われた金額を支払った。
「ありがとうございました」
男性に頭を下げられ、楓も慌てて頭を下げる。
なんて言おう……そんな事を考えながらも結局は何も言えずに店を出た。
夜風が少し冷たいからか、それともさっきの出来事のせいなのか、酔いはとっくに覚めていた。
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