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セクサロイドのはな六(はなろく)がこんこんと眠り続けていたのは、王子様の口付けを待っていたからではなく、単に面倒臭かったからだった。眠っていればその間にことは済み、勝手にお金は入ってくるし、"お婆さん"はご機嫌だ。だから、眠っていた。 長い長い眠りに就く方法は実に簡単だった。忘れたふりをして、充電器をコンセントに挿さないだけのこと。充電が切れるとともに、はな六の機能も強制終了する。電源の入れ方は誰にも、お婆さんにも教えなかった。そもそもはな六本人も、知らなかったのだ。そんな訳で、はな六は充電を"うっかり忘れてしまって"セクサロイドから、ただのラブドールへと降格していた。だがそれでも、この"お茶屋"の主人であるお婆さんにとっては何の不都合もなかったので(但しはな六がどかないせいで、はな六のベッドの布団干しが出来なくなってしまったけれど)、はな六はそのまま数年間放置されていた。 ある夜、はな六は長い眠りからようやく目を覚ました。その時、はな六は客とのセックスの真っ最中だった。至近距離に、人というよりは骸骨に近い、痩せこけた醜い顔があった。それがまるで眠り姫を眠りから覚まさせた王子様気取りで、うっとりと目を細めて笑ったのだった。 「よぉ、やっと目ぇ覚ましたな」 骸骨は喋った。はな六はとうとう自分は地獄に堕ちたのかと思ったが、下腹部にじんわりと広がる痛みと快感が、地獄の責め苦にしてはショボいと感じ、なんだ、まだ生きてたのか、と気づいた。 「だ、れ……?」 骸骨男はケケケと笑った。 「王子様だよ」 「冗談は、顔だけに、して……」 喉がからからで喋りづらかった。長い間眠り続けていたせいで、身体中が乾上がっていた。頭の中で、体内ヒーターの空炊きを報せるアラームが、鳴り響いた。 「喉、渇いた。お水……」 はな六が呻くように乞うと、 「あ?ちょっと待ってな」 骸骨男は案外親切で、キャビネットの上に置いてあった水差しから湯呑に水を汲んで、持ってきてくれた。そして手足を枷でベッドに繋がれたはな六の為に、口移しで水を飲ませた。 「もっと……お水、飲みたい」 口移しでは、口内を湿らすにはよくても、体内に循環させるぶんには全然足りないのだ。はな六の体内には血液の代わりに水が循環するようになっている。体内ヒーターで温めた水を身体の隅々まで流すことで、人肌の温もりを再現するためだ。 「ほんなら、それ、外さねぇとな。どうやったら外れるんだい?」 骸骨男がはな六の手枷を指した。実は、そんなものを両手両足に嵌めていても、はな六は別に囚われている訳ではない。 「オプション料金、いただきます」 「あぁ?普通、こういうのはオプションで着けるんじゃねぇんきゃ?わっけわかんねぇ……」 そうぼやきながらも、骸骨男は縮れた髪に被われた頭をボリボリ掻きながらドアを開け、その場で大声を張り上げ、階下にいるお婆さんを呼んだ。 縛めをほどかれ自由になると、はな六は起きて、お婆さんが持ってきてくれた二リットル入りペットボトルの水を、ガブガブと飲んだ。身体の体温調節機構がまだ正常に活動していないので、水を飲んだぶんだけ身体が冷え、身震いした。やがて水が身体のあちこちに行き渡り、やっと本当に渇きが癒えてきた。口中は唾液で潤い、眼球の動きも滑らかになった。はな六は大きな眼をしぱしぱと瞬かせ、やっとまともに目の前の男をまじまじと見た。第一印象は骸骨のようだと思ったが、よく見ると骸骨というよりはミイラに近い。いずれにせよ、あまり生きた人間らしくない体型だ。浅黒い肌をして、胸や腹、下半身には毛がわさわさとよく生えている。そういうところは生き物っぽいと、はな六は思った。 「ありがと。オプションとして、後ろからさせてあげる」 普段、両手両足に枷を着けて仰向けに縛められているのは、後ろからされないようにするためなのだ。はな六は後ろから突かれるのが苦手だった。後ろからだと、腹の中にできた傷を、相手の性器がダイレクトに突き上げてくるからだ。たった二リットルの水と引き換えに苦行を強いられるのは、本来割に合わないが、今回は体内ヒーターの故障を防ぐ為、背に腹はかえられなかった。 「そんじゃ遠慮なくっと」 男の熱い掌が、はな六の腰骨を掴み上げた。と、激痛が腰から脳天に走り抜けた。はな六は男に突かれている間、奥歯を噛み締めて耐えた。ひどく痛む最中でも、感じ易いはな六の内部は快感にとろけ、びしゃびしゃと体液を溢れさせた。体液といってもほとんど水みたいなもので、それはローションと混ざって流れ出し、はな六の太腿を伝い、シーツを濡らした。 やがて男ははな六の中でコンドームに射精した。はな六の小さな男性器からは、何も出てこなかった。下腹に重たい痛みを感じた。どうやら長く使わなかったせいで、腹の中で人工精液が固まり、どこか詰まってしまったらしい。 男はコンドームを始末すると、はな六を抱きかかえて布団にくるまった。 「冷てぇ身体だな」 「すぐ温かくなるよ。体内ヒーターが動き始めたから」 はな六は男の毛むくじゃらな胸板に、鼻を擦り付けた。 「気持ちよくなかったんきゃ?」 男ははな六の髪を撫でながら言った。 「気持ちよかったよ。でもお腹が痛いんだ。中が故障してるから」 「ほっか。じゃあ治さねえとな」 軽々しく言うが、精巧なセクサロイドの修理に、一体どれほどの大金がかかると思っているのだろう。活動に支障が出るほど大きな故障でもなければ、放置しておいた方が賢明だ。ただ痛いだけでは、アンドロイドは死なないのだから。 「言うだけならタダってヤツだよね」 はな六はそう言って鼻で笑った。 「あぁ?」 男が突然機嫌を悪くしたので、はな六はビクッと首を竦めた。 「ごめんなさい、殴らないで!」 すっかりヘマをした。ずっと寝ていたせいで脳機能が鈍ったのかもしれない。乱暴そうな男とこんな狭い個室に二人きり。しかも背後は壁で、周囲をカーテンに覆われた、天蓋付きのダブルベッドの上で。そんな所で軽率な発言をするなど、自殺行為だ。先程まで、寝ている間に死んでいればいいといった、投げ遣りな気分で長大な不貞寝をしていたにも関わらず、痛いだけではアンドロイドは死なないと粋がっていたにも関わらず、はな六は目の前のリアルな脅威に、怯えた。 ところが、男ははな六の頭をぽんぽんと優しく叩き、またケケケとカエルみたいな声で笑った。 「別に殴りゃあしねぇよ。ただオメェはもう俺様のもんだからよ。俺が治すっつったら治すんだよ。金の心配はオメェのすることじゃねぇわな」 「え……?」 そういえば、結構長い時間をこの男と過ごしているはずなのに、一向にドアが叩かれない。たった二十分の間だけ、客が一方的に男の子を犯すことが出来る、ここはそれだけの店なのに。こうして客と抱き合って布団にくるまっている状況というのが、既に異例なのだ。 はな六は布団から抜け出そうとしたが、男に腕を掴まれ、組み敷かれた。階下にいるお婆さんに聴こえるように大声で叫ぼうか?だが、呼んだところでお婆さんに何が出来るのだろう。警察を呼んでもらったところで、どうせパトカーがここに着く前に、はな六はすっかり壊されてしまっていることだろう。 (観念するしかないのか……) はな六は涙に潤んだぎゅっと瞑った。眦からは涙がぽろぽろと零れた。と、そのとき。 ちゅっ、と、上唇を吸われた。甘い痺れが脳髄をとろかせ、波紋のように全身に広がった。身体がぽかぽかと急速に温まっていき、密着している男の体温が高いのもあいまって、布団のなかが暑くなった。はな六が呆気にとられているうちに、男は次々に口付けを落としてくる。そして、 「三回、通って、その間にオメェが目を覚ましたらよ、オメェを買い取るっつう約束だったの。その三回目が今夜だ。だからもう、オメェは俺様のもんなんだよ」 はな六、と、耳許で名を呼ばれて、はな六は気の遠くなるような快感に包まれた。声帯がわななき、性器と腹の中がびくびくと痙攣した。囁き声を聴いただけで達するなど、初めての経験だった。

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