1 / 7

第1話 序

 それは、昼食のためにストリートを歩いていた時だった。 ーしくじった---。ー  尾行には、十分に気をつけていたハズだった。オフィスを出て、三つ目の交差点で、ひとりの老婦人が道を訊いてきた。  ご婦人には親切にしなければいけないと教えられてきた。彼女は地図を広げて、イーストサイドのカフェに行くのだ、と言った。  彼女に道を教えて、振り向いた時、私は5人の男に囲まれていた。銃とナイフを突きつけられて---。 「一緒に来てもらおうか。坊や(ベイビー)。」  私は黒のバンに押し込められた。手錠をかけられ、アイマスクをされ、口にガムテープを貼られた。私は、死を覚悟した。 「降りな。」  そこは、ニューヨーク、ブルックリンの古びた倉庫だった。カビ臭いコンクリートの壁は崩れかけ、鉄の扉は、すっかり錆びて、赤茶けた欠片が、そこら中に散乱していた。  薄暗い空間。私は引き摺り降ろされ、真ん中にぽつんと置かれた椅子に括りつけられた。 「観念しな、坊や(ベイビー)ここには誰も来ねぇ。」  リーダーらしき男が、ラテン訛りのひどい発音で脅しをかけた。 「例のものは、どこへ隠した。大人しく吐けば、すぐに楽にしてやるぜ。」 「知らんな。なんのことだ。」  口を割ろうと割るまいと渡されるのは天国行きの片道切符。お決まりの脅しになる私ではない。 「痛い目を見てえのかい。」  ひとりが私の腹を蹴りあげてきた。膝が鳩尾に食い込む。胃液が喉を突いた。顔を殴られる。骨が折れるほどではない。喋れなくなると困るからだろう。唇が切れた。口の中に鉄の味が広がる。 「脅しても、無駄だ。私は、知らない。」  男達の怒りを焚き付けたらしい。二発、三発とボディに拳を突き立ててくる。気が遠くなってきた。  男のひとりが私の髪を鷲掴みにした。力任せに引いて顎を上げさせた。  ---早く殺せ。どうせお前達の欲しい情報は手に入らない。 「へぇ、こいつは結構な美人さんじゃねぇか。」  ひとりの男が、私の顔を覗き込んで言った。 「このまま殺っちまうのは、勿体ねぇなぁ---。」  ナイフが胸元を滑る。シャツが、鋭利な切っ先に引き裂かれた。 「キレイな肌してるじゃねぇか---。」  目の前で如何にも下品に舌舐めずりをされて、悪い気分が余計悪くなった。汚なあらしい指が皮膚に触れて、鳥肌が立った。

ともだちにシェアしよう!