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第7話 仕掛け(Simon side )

「彼は使えそうかね」  オフィスの昼下がり、人払いをした執務室の窓の外ではパークでサッカーを楽しむ少年達の朗らかな声が響く。  私はグリーンのスーツの背中に少し不機嫌そうに言う。 「私をお疑いですか、国務長官」 「いや.....」  四十の半ばを越え、少し後退し始めた額を手で撫でながら、ハシバミ色の瞳が答える。 「君が任せられる、と断言するのだから、間違いはなかろう。家族も親族もいない。確かに後腐れは無いだろう」 「もちろんです。長官」  節くれだった指がポケットを探る。私は小さく口を歪めて、冷たい言葉を投げる。 「オフィス内は禁煙ですよ」 「あぁ、すまん。......しかし、君が何故、そういう裏社会の人間を知っているのか.....。私はそれが不思議でね。ハーバード出身のエリートが持つような交遊関係じゃない」  綺麗に刈り込んだ髭を武骨な指がなぞる。 「ここに来てから.....ホワイト-ハウスに入ってから、クリーンなだけでは勤まらないと実感しましたので.....」  私はわざとらしく苦笑してみせた。 「なにも君自ら泥水手を突っ込むような真似をする必要は無いと思うがね......」  口許を歪めて、不満そうな顔で私を肩越しに振りかえる中年男のらしからぬ童顔に感情の込らぬ声で応える。 「事は慎重に運ばねばなりませんから。.....特に人選は大事なので」 「他人には任せられない......か」 「はい」  極めて実直に答える。   嘘をついている訳ではない。私の『計画』には彼が必要なのだ。他の人物では意味が無い。彼でなければならないのだ。そのために、私は自ら危険に身を晒してトラップを仕掛けたのだ。  裏の危険な稼業に手を染めてはいても、元々の彼は根っから善良な男だ。『契約』は必ず果たす。どんなことがあっても......。それが『J』という男だ。 ーだが......ー  私の『計画』は、彼の狙撃の腕だけが目的な訳ではない。彼を、『J』を完全にこちらに取り込む。  それは、彼に『暗殺』を頼むような容易いことではない。 ー私は彼を手に入れるー  私はランスロットの剣を踏み越える。姫君の口付けは明確な意図を持って与えられねばならない。 ーそれには......ー  用意周到にかからねばならない。私だけが彼のすべてを知っている。彼自身すら知らない真実を。彼に気付かれぬよう、細心の注意を払って、妨げとなるものは全て取り除かねばならない。彼にまとわりついている影を取り除いて、私だけが彼の視界に君臨するように......。 「ところで......」  耳障りな粘着質な声音が、私の意識を埃臭い執務室に引き戻した。 「今夜、どうだね。美味い酒でも呑みながら、休暇の話でも聞かせてもらえないかな?」  滑りを帯びた獣じみた眼が私を見下ろす。私は気付かれぬよう、ふ.....と溜め息をついて、にっこりと作り笑いをしてみせた。 「いいですよ、長官。お供いたします」  半ばにやけた表情を覗かせて、中年男が、勿体ぶって、人差し指を振ってみせた。 「ウォーレンだ。サイモン、それでは、また後で」 「はい、ウォーレン、後ほど」  私は一礼をして部屋を下がり、大きく息を吐いた。 ー好色漢め.....ー  また酒にかこつけて口説くつもりなのは見え透いていた。何度も言い寄られ、その度にマスコミにリークしてやりたくなった。   ーだが、まだだ......ー  ウォーレン-ヘイズ国務長官は、まだ『使える』男だ。上手く酔わせて情報を引き出してから、酔い潰れてもらえばいい。 ー週末は『J』と段取りを詰めなければ....ー  彼のはにかみ笑いを思い出して、少しだけ気持ちが楽になった。  

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