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君にあげる

 その様子を首だけ動かして見ていると、立花くんは、枕がわりになっていたクッションに腰を乗せ、僕を見てクッションをポン、ポンとたたく。 「おいで!」 「…う」  動かないんだ。体が。 「ほら、」 「…あぁ…っ」  立花くんの手が延びてきて、脇をつかまれ引っ張り上げられる。立花くんに強く持たれると、そこがやっぱりじんじんして、思わず声が漏れる。  立花くんは僕をひざに乗せるみたいにして、僕の頭を自分の肩に押し付けた。立花くんの肌のにおい。  緊張しながらも、そのにおいをかいだとたん、さっきの余韻にひたってしまいそうになっている自分がいることに気づく。 …やっぱり僕は、立花くんの体が嫌いじゃないみたいだ。  今の、薬でちょっと変になっている立花くんにそれを伝えても、うまく伝わってくれるかな…。皐月さんのことは、君のおかげで忘れられそうだって伝えたら、普通の立花くんに戻ってくれるかな。 「見て!」 「…っ」  顔に紙切れを押し付けられた。 「『…見えないんだけど。』 とか、ツッコめって。」  立花くんが笑いながら紙切れを少し離してくれたので、ようやく内容が読み取れる。  皐月さんからの手紙。男の人とは思えない、きれいで丁寧な文字。皐月さんらしい。  立花くんの言うとおり、昨日までの僕なら、これを見て感激していたのだろうか。 …こんな内容でも…… 【 僕のお気に入りを君にあげる   説明書はよく読んで   取扱いを間違えると、   壊れるおそれがあります               村崎】 (…説明書…?…壊れる…?) 「袋の中に、他に何があったと思う?」  “他に”…  ということは、入っていたのはウサギのぬいぐるみと、この手紙だけじゃ、ないんだ。  『説明書』、という言葉が気にかかる。 「他に何があったか見せるね。」  立花くんは僕の体を横向きにしてベッドに寝かせた。  そしてまた、ウサギのぬいぐるみに向かう。  だけど今度は、ウサギではなく、その横の紙袋の中に手をいれている。 「まずね、コレ。」  白い、少し縦長で奥行のある箱を取り出す。 「重いはずだよな?ほら。」  立花くんは蓋を開け、箱ごと少し傾けて僕に見せた。  中には、紙パック入りのイチゴ牛乳がきれいに並んで詰められている。全体が見えなくても、パックの上部を見ただけでわかった。見えているのは4個。おそらく2段になっているので、8個はあることになる。  立花くんはにこにこして僕を見る。 「早く気付けば良かった。そしたら昨日、佐倉に苦い思いさせなくてすんだのに。ごめんな、佐倉。」 …それがあるということは、まさか。  僕の中に、徐々に、薄暗く、苦い闇が広がっていく ―― 「村崎、変態だけど気が利くよな。ほら、こんなに。」  ミドリ色をした、透明な錠剤が、ガラス瓶の中に、…あんなに…―― 「昨日、余った1個をわざわざ持って帰ったのに、こんなにあるなんてな。…これで何度でも、佐倉を気持ち良くしてあげられるよ。」  立花くんはうっとりとした目で僕を見た。 「…佐倉。震えてるの?」  立花くんはまたベッドにあがってきて、僕を後ろから持ち上げると、座ったままで僕を抱きしめた。  鼓動が速いのは、立花くんなのか、それとも、僕… 「…佐倉…。村崎がお前を手放したことが、そんなにショックなのか?」  立花くんがまた僕の指先を強く握る。 「ウア…」  やっぱりじんじんする。息が止まりそうになる。思わず顔をしかめた。 「なあ佐倉。これは、なんでだと思う?」 (――…なに?) 「クスリはね、いつもの赤と青のカプセルと、ミドリ色のアレだけじゃなかったんだ。これはね、取説(とりせつ)によると、しびれ薬みたいなやつらしい。佐倉はクスリが効きやすいから気をつけろっていう注意書きもあったよ。昨日、一度叩き起こして飲ませたんだけど、覚えてない?」 (…な…に…)  鼓動がますます速くなる。 「だからね佐倉、」  立花くんが全身で僕を抱え込む。息が苦しい。彼を押しのけたいけど、それも出来ない。  体がいうことを利かない…。 …これが、立花くんの言っている、皐月さんの薬の効果なのだとしたら… 「逃げらんないよ。今日からお前は、俺のペット。…村崎のことなんか、スグに忘れさせてやるからね。」 (――…!)  その意味は、じわじわと這い上ってきて、僕をさらなる恐怖に陥れた。 ――“僕のお気に入りを君にあげる”  皐月さんは、本気なんだ。  知っていた。僕と立花くんがすぐに再会することを。  僕と立花くんが、こうなることも。 …でも僕は、自力であなたから抜け出そうとしていたのに…  これじゃ…こんな状態じゃ、立花くんに何も伝えられないままで… 「効果は、佐倉の場合、だいたい8時間くらいだって。だから、1日3回飲まないとね。」 ――“説明書はよく読んで  取扱いを間違えると、 壊れるおそれがあります” 「…寒いの?――…待てよ、そんなに震えるのは、もしかして…、俺が怖いから、とか?…大丈夫。怖がることないよ。俺は佐倉のこと、大事にするから。…あいつとちがって。」  “あいつ”、というところだけ、立花くんの声が怖くなった。 「もういろいろ考えてあるんだ。佐倉の部屋はね、ちょっと狭いけど、中二階の、親父とおふくろの隠し部屋。あいつらやたらと骨とう品やらアンティークやら買って帰るのが好きで、あの物置に入れとくんだよ。でも片づければ佐倉が寝るスペースくらいは十分ある。扉は頑丈だし、壁もしっかりしてるから音も絶対漏れない。高梨さんもあそこの鍵は渡されてないしね。完璧。な。」 ああ…! (…『壊れるおそれが』、あるのは…僕…!) 「とりあえず朝ごはんだね!お前はフルーツ、好きだろ?食べさせてあげる。そのあとでお風呂にいれて、体中、きれいに洗ってやるよ。」  抱き付かれたまま、頬ずりをされる。 「佐倉、すんげーどきどきしてる。かわいい。」  くすくすと笑いながら立花くんが言う。  そして立花くんは、震えが止まらない僕のことなど気にもかけない様子で、楽しげに、今度はゆったりと話し始めた。 「さあ今日は忙しくなるよー。まず、買い出し行かなきゃな。首輪だろ?鎖だろ?あとペットシートとか…、ゲージは、…いらないか。…なにしろあんだけクスリがあれば資金も十分だし…。ははっ、知ってた?村崎のクスリ、けっこう高値で売れるんだぜ。」  こんなの…現実じゃない…。夢なら、覚めてくれ…! 「もちろんお前は寝てていいから。てか、体動かないしな。寝てなさい。」  立花くんは、今度は赤ん坊を扱うみたいに僕を慎重にベッドに寝かせて、ベッドから降りた。  体は震えるだけで少しも動かせないし、ノドはつぶれたようにひりひりと痛くて、声も出せない。  立花くんはまっすぐにドアへ向かい、ドアを開けて、そこで一度、僕を振り返る。 「考えたんだけど、名前つけなきゃね。“佐倉”は、あいつがつけた名前だ。…でも急にはいい名前が思いつかないから、とりあえず、“チビ”で。だって俺よりチビだもんな。」  立花くんは微笑んだ。 「いいコにしろよ!チビ!」  勢いよくドアが閉まると、部屋のなかはまるで、海の底のように静まり返った。  壁際に横たわる、お腹を割かれたウサギが、僕を見て、  機械じみた声で、ククッ、と嗤った気がした。 ==== END ========= -------→「りんごのきみの うさぎのめ」へつづく

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