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ウサギ
ふと、光の下に見慣れた何かがあるのに気づいた。
体を少し前にずらす。
「…っ」
かなり力を入れないと動かない。体はまだこんなに重い。しびれたような感覚は、指先にも、なぜか足にもまだ残っている。
あ。
ウサギ。
皐月さんが昨日くれた紙袋が二つとも乱暴に破かれてあって、壁際の床の上に中のものが散乱している。
ウサギはお腹を割かれていて、そこから、皐月さんがタダでくれていた例のクスリがこぼれだしていた。
ぎくりとする。
赤色と、青色をしたカプセル。
そうか。
立花くんは、僕が寝たあと、あのクスリを飲んだんだ。
忘れていた。彼は、僕と違ってまだクスリに依存しているタイプの人間だった…
突如、目の前にあった立花くんの腕が折れ曲がって僕に向かってきた。
同時に上からも腕が巻きついてきて、僕は立花くんに背中を向けたまま、彼の腕の中にからめとられるようにして抱きしめられた。
「おはよう佐倉。」
「…う…」
立花くんが両腕で体を締め付けてくるので、息がしづらい。
「…どんな感じ?」
…?
立花くんが腕をゆるめて、片手で僕の右手を握りしめてきた。
「う、あっ!」
なんだ!?
握られた部分に、じんじんと鋭い感覚。まるで針の束を押し付けられたみたいな…しびれているにもほどがある。
「…効いてんね。さすが、お前の大好きな村崎さんが、お前のために用意しただけある。」
「…?…たちば…な…」
うまく喋れない。
立花くんは寝たまま、また両腕で僕を抱きしめてきた。
「昨日ね、あれから、紙袋を開けたんだ。ほら、佐倉、寝ちゃったじゃん先に。あれからやたらむしゃくしゃしてさあ。だってお前、村崎の名前を呼ぶんだもん。皐月さん、皐月さんっ、て。」
(え…?)
「…!」
そうか、“ナツキさん”だ。
“皐月さん”じゃない。
僕は、君を呼んでいたのに…!
「だから紙袋の中のクスリでもやってやろうと思って。そしたらさあ、中に入ってるのはウサギのぬいぐるみだけじゃなくって、…ねえ、何が入ってたと思う?」
「…は」
立花くんが耳のすぐそばで話すので、声や息がやたらとくすぐったい。でも頭ごと、くるまれるみたいに持たれているので、動かせない。
「ヤツの手紙が出て来たんだ。お前はもらったりしたことある?俺は初めてなんだけど。」
…手紙?皐月さんから?
「見たい?…よな。」
「うぅぁ…っ」
苦しい。あまり締め付けないでくれ。でも、声すらうまく出せない。
「アコガレの皐月さんからの、直筆のお手紙だもん。」
「…っ」
立花くんは押し殺すような声で言って、さらに僕を締め付ける。
やっぱり怒ってるんだ。だったら謝りたいのに、なぜだ。その声も出ない。
「―― ケホッ」
「あ、ごめん佐倉、大丈夫?」
立花くんの力が緩んで、僕は仰向けにされた。立花くんの顔が覗きこんでくる。
…おかしい…
笑顔なのに、目が、変。
瞳孔が開いて、少しぐらぐらと動いている。こんなの、見たことない。
なんだか、危険な感じがする。立花くんは昨夜、あのクスリをいったい何錠飲んだんだ?
「佐倉…」
立花くんの目が少し優しくなって、指が頬をなでる。
いつの間にか僕は、そんな立花くんに対し、緊張していた。
…今は少し、立花くんが、こわい…
「俺のものだ…」
え?
立花くんが嬉しそうにつぶやく。…聞き間違いか…?
「は!ぁっ!」
いきなり下半身を触られて、驚いた僕は声を上げてしまう。
「あ、ビックリしちゃった?ごめんごめん。」
立花くんはそう言って、今度はイタズラっぽくけらけらと笑う。
立花くんは僕の視界から消えると、僕の胸に舌を這わせ始めた。
「…くッ」
立花くんの舌は、まるで動物が仲間の毛づくろいでもしているかのように、下から上に向かって大きく何度も動いた。
鳥肌が立つ。やっぱり僕は、立花くんの舌に悦んでいる。そんな自分が、僕はいまだに、恥ずかしくてたまらない。
「…や…め…」
立花くんはクスクスと笑いながら、どんどん下へ向かっている。
「ッ…」
…だめだ。また女の子みたいな変な声が上がりそうになる。あわてて立花くんの頭をどけようとするが、うまく力が入らない。僕の手は、立花くんの柔らかい髪の中にうずもれて、ただ、彼の頭を撫でている。
「――!」
立花くんの口が僕のそれをくわえる。
そんな…僕は男だぞ?
男が、男に、そんなこと…
立花くんの唇が僕のそこを上下する。出口を舌がぴちゃぴちゃとくすぐる。
「は、…ぁンッ…!」
ほら!まただ!こんな声、あげたくないのに!
バレバレじゃないか、悦んでいることが…!
「…はあっ…はあっ…はあっ…」
息に声が混ざるのを抑えられない。立花くんの動きに体中が震えはじめる。
快楽が、せりあがるようにして全身を這いまわる。
どんどん、僕を追い詰めて、のぼり詰めていく…
「ぁ…く、ゥ…ンっ」
視界が痙攣した。
僕は我慢出来ず、立花くんの口に、…出してしまったみたいだ。
「あ…っ、ご、め…」
…どうして、喋るのが、声を出すのが、こんなにおっくうなんだろう。
もう、眠いわけじゃないのに…。
立花くんはしばらく、僕の体液を塗りつけるように舌でお腹のまわりを舐めていたけれど、僕が手に真剣に力を込めてやっと立花くんを押したので、ようやく頭を上げてくれた。
クスクスと笑いながら、僕の裸を見ている。
…弄ばれて悦んでいた僕のそこを…
――…やめてくれ…。恥ずかしくて死にそうだ。
「あーちょっと痛そう、ごめんな佐倉。昨日からいじめ過ぎたかも。すげえキレーなピンク色…あ、“さくら”色?」
立花くんはそう言ってはしゃぐ。
…昨日の彼とは違う。まるで、別人。
「…かわいい。」
そうつぶやいて、立花くんはしばらく固まってしまった。
…見ないで欲しい…頼むから…。
「…た、ち…」
「あっ、そうだ手紙!」
立花くんは子どものようにパッと前を向き、ベッドから飛び降りてウサギに向かって行った。自分だけ黒のスウェットをはいている。
…えっ
立花くんはウサギのお腹からこぼれ落ちたクスリを、まるでスナック菓子か何かのように一粒取って口に放った。そして、傍らにあったペットボトルから水を何口か飲み、「あった」と言って紙切れのようなものを拾いあげた。
その行動にゾッとする。そんな飲み方をするクスリじゃない…。
立花くんはこちらを見てニッコリ笑い、またベッドに戻ってきた。僕の体を軽く飛び超えて奥に行く。ベッドのスプリングがきしんだ音をたてた。
…明らかに、“躁”な状態。
-------------→つづく
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