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18 悔悟

 南方が白石の実家の前に車を停めると、程なくして覇気のない表情をした大我が玄関から姿を現わした。  航一朗に聞いていた通り髪の色が明るくなったうえに憔悴しているようで、印象が高校の時とまるで違う。  助手席を指したが、大我は無言で後部座席に乗り込み、うなだれた。 「出すね」  ひと声かけ、南方は車を進めた。  三ヶ月前、村田の怪我について大我と電話で話した直後、南方は泉にも連絡を取った。  大我がなにか危険なことに巻き込まれているようなので気にしてやって欲しいと、泉に頼んだ。  泉は大学に入ってからも、大我と連絡を取り合い時折会っていた。  大学二年目から大我が気落ちしながらも理由を話さないことを気にかけていたところ、南方から連絡が来た。  大我と同じ大学に通う瀬峰にも南方に頼まれた用件を依頼し、自らも積極的に大我と連絡を取った。  しかし大我は次第に会う約束を取り付けてこなくなり、電話をしても出ない日が増えていった。  そして夏季休暇が終わる時期、全く連絡が取れなくなった。  泉は直接大我の実家を訪ね、母親から大我が入院していると知らされた。  だが、どこになぜ入院しているのか聞き出すことができなかった。  何度か迷惑がられながらも大我の実家に電話をかけ、昨日夜半、ずっと繋がらなかった大我の電話に、本人が出た。  午前中、南方は大我に会いに行った泉から電話を受けた。  泉は大我から話を聞き出す前に揉めて帰ってきたと言う。  なにを揉めたのか言わなかったが、話ができなくなるほど泉と揉めるというのはよほどのことではないだろうか。  自分の電話には出ないかも知れないと半分諦めながらもかけると、大我はあっさりと電話に出た。  そして、実家にいたくないから南方の家に行きたいと申し出てきた。  入院していたと聞いたので体調を配慮して車で彼を迎えに来た。 「顔、怪我してない? どうしたの」  無表情で車外を眺める大我に問う。  療養していたにしては真新しい赤い痣が大我の左頬に見えた。 「朝に、泉とさ、瀬峰ってやつが、二人でうちに来たんだけど」  大我は淡々と語る。 「泉に、今さらなにしに来たのって。おまえずっと好きだったのに、付き合ってくれなかったよな、って」  言葉の最後だけ、やや感情がこもる。  ただ、その感情は恨みではないように聞こえた。 「瀬峰はちゃんと俺のこと抱いてくれたよって言ったら、なぜか瀬峰に殴られた」 「それは……、僕も白石を殴りたくなるな。泉は高校のときから、白石のこと、すごい心配してたからね」  泉は大我への気持ちに気づいても応えることはせずに見守り、南方の頼みを聞いて逐一報告してくれていた。  不義理をかけられた心情が計り知れない。 「知ってる」  大我は静かにそう言うと、その後ずっと無言だった。  思うところがあって泉を傷つけ、大我自身も傷ついたのだと、南方は思いたかった。  自宅に到着して、過去に航一朗と課題をさせた和室に大我を通す。  大我は無言で家に上がり、以前座った席に腰を下ろした。  テーブルに肘をついて、再びうなだれる。  南方は二人分のコーヒーをいれると、一つに砂糖とミルクを余分に添えて大我の前に置いた。 「入院してたって泉に聞いたけど、体はもう大丈夫なの?」  大我は無表情で南方を一瞥してから、目をそらす。 「入院なんか、してないし。なんとなくわかってんだろ、ヤバいことやって、捕まったりしてた」  南方は言葉を失う。  そんなことは、想像していなかった。  村田と同じような状況になり、怪我で入院しているものだと思い込んでいた。  会話ができた期間は短かったが、他の生徒よりも親密に接した感覚がある。  社会的に裁かれるようなことをする人間ではないと、どこかでまだ信じている。 「でも、父親が速攻いい弁護士つけて、金も出したみたいだし。もうだいたい終わったんじゃないかな」  大我はそらした目を、うつろに南方に戻す。  罪を犯したとして、反省しているようには聞こえない物言い。  だが、大我が他人をおとしめることになにも感じていないと、思いたくない。 「そう。お父さんに感謝しないといけないね。親御さんがしっかり責任取ったから、家庭での更生の余地ありって見なされたんでしょう?」  大我と連絡が取れなくなってから、まだひと月ほどしかたっていない。  ひと月でだいたいが終わるということは、父親がよほどうまく立ち回ったのだろう。 「父親、さぁ。俺がみなちゃんに話したこと、覚えてる?」  うつろだった大我の瞳と語気が、ほのかに険しくなる。 「覚えてるよ」  父親の立ち回りで不穏だった親子関係が修復されたと、そう報告してくる雰囲気ではない。  まだ、わだかまりが解消されていないのか。  大我はひじをついた手で額を押さえ、目を伏せる。 「血が繋がってないんだろうなとは、思ってたんだけどさ、家に戻ったとき真っ先にさ、面と向かってそれ言ってきたからね。しかもさ、絶縁したいからはっきりさせるって、DNA鑑定するやつ、突きつけてきたんだよ。最悪だろ?」  過去に父親の話を聞いた際は悩んでいることに愛嬌を感じてしまったが、それどころの話ではない。  問題を起こしたとはいえ、その直後にそこまでのことをしてのける父親。  大我が血の繋がりがないと察するほどに、愛情を与えていない。  南方は、大我が身近にいた時期に関わりを絶ったことを、心の底から後悔した。

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