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25 遂行

 不機嫌なのか元来のものなのか、難しい表情をした鳴瀬に大我が再び問う。 「その母親、鳴瀬のトコ無視とか意地悪とかしてくんの?」 「逆、馴れ馴れしくて腹立つ」 「それ、仲良くしたいんじゃないの?」 「そーかもな。でも俺は仲良くしたくない」  鳴瀬は直感で大我の問いに即答してゆく。  母親に対して完全に否定的で、考えを改めさせる余地がない。 「かわいそうだろ。なんでだよ?」  黙って二人の会話を聞いていたが、どこか引っかかった。  情を得ようとする鳴瀬の母親が大我に、鳴瀬は大我の親に相当しないか。  このままでは本物ではない大我の親の気持ちを、大我が知る形になるのではないか。  今までの鳴瀬の受け答えからいくと、不穏な言葉が出てくるとしか思えない。  止めるべきかと迷ううちに、鳴瀬は前例通り即答した。 「よくわかんねーヤツにグイグイ来られても、気分乗んねーだろ。ウザいだけ」  その言葉を聞くと案の定、大我は唇を噛んでテーブルに伏した。 「えぇ、なに?」  鳴瀬がやや戸惑い、大我と南方を交互に見る。  大我は伏したまま、無言でため息をついた。 「白石、鳴瀬と白石では、状況が違うからね」  南方はどうにかそう声をかける。  状況が違っても、より良い状況だったとは思えない。  だが、鳴瀬の言葉を親の感情だと受け取る必要もない。  大我は動かずに語る。 「同じだし。俺、子どものとき、グイグイ行ってたから。俺はあいつらから見たら誰の子供かよくわかんねーヤツで、ウザがられてたのも、思い出した」  悔しいことに、過去の自分と合致してしまったようだった。  大我の過去をきちんと把握していないため、どう声をかけることが適切なのか、判断できない。  だが南方が思案する間もなく再び、感情に任せるように鳴瀬が口を開いた。 「あー、あのさ! よくわかんねーけど、ホントは仲良くしたいんだよ! でも気分乗んねーんだよ。俺も困ってんだからな」  急に落ち込みだした大我をどうにかしようと、焦ったように弁解する。  素直で勢いがあるから、本音だと受け取れる言葉。  大我が顔を上げる。  涙が浮かんでいて、鳴瀬の表情が気まずそうに引きつる。  ぼんやりと、大我がつぶやく。 「でも、状況違うからな」  しかし南方は、今の言葉は親のものだと、都合良く受け取って欲しかった。 「みなちゃん」  大我が、こちらを向く。 「俺ずっと執着してたから、親とかもう意味ないって(あきら)められないんだよね。親もさ、仲良くしたかったけど気分乗らなかっただけって、俺思っててもいいと思う?」  一方通行の切ない想い。  それでも、大我の心が落ち着くなら。 「いいと思うよ」  せっかく芽生えた親愛感を否定することは、惜しいことではないか。  本人が納得するなら、偽りでも構わないのかも知れない。  大我はわだかまりから解放されようと、思案する表情を見せる。  鳴瀬は状況が把握できずに戸惑っていたが、ひと段落ついたと察すると、南方に顔を向けた。 「なぁ『みなちゃん』って、センセイのことなのか?」 「ん、そうだけど」  唐突な問いに返事をすると、鳴瀬は吹き出しながら言った。 「あだ名は聞いたことあったんだよな。若くて元気で人気がある女の先生だと思ってた」  聞いていた大我も、軽く吹き出す。 「人気があるしか合ってないし」  確かに自分は若くもなくやる気もないと言われる男性教師だが、愛称だけでは女性とも判断できるとは気づかなかった。  二人の笑顔に安心して、南方は苦笑しながら食事を再開した。  大我だけではなく鳴瀬のわだかまりも、少しは解けただろうか。  鳴瀬は性根は良い子どもに見える。  心配はかけても、母親が本当に悲しむようなことはきっとしていない。  今からでも母親との関係を再構築できるように思えた。  食事を完食した鳴瀬は、大我と遊ぶ約束をして徒歩一、二分とかからぬ家へと帰っていった。  南方は台所へと向かい、後片付けをする大我に(たず)ねる。 「大丈夫?」 「なにが?」 「あー、泣いていたから」  すでに気にしていないのなら声をかけねばよかったと後悔しながら、片付けを手伝う。 「あれは鳴瀬がキツイこと言うの、心構えあったからまぁ大丈夫」 「自分から傷つきに行ったの?」  一瞬驚いたが、思い出す。  大我が打算して会話をしているのではないかと、思ったことがあった。 「俺今涙もろいから、泣いたら鳴瀬、考え変えるかなと思って」 「そうか。考え、変わったのかも知れないね。お母さんと仲良くしたくないって言ったのに、本当は仲良くしたいって言ってたから」  もともと心の内ではそう考えていたのだろうが、大我に戸惑って明確にそう認識したかも知れない。  大我に感謝の念を伝えようとすると、大我が振り向いた。 「あのね、鳴瀬のためじゃなく、もともとはみなちゃんの仕事手伝ったつもり。助かった?」  先日聞いた団地の住人の依頼をこなしてくれたということか、得意げにそう言う。  過去に記憶のある表情。  在学中試験で高得点を取った時、褒めて欲しいと言った時の顔。 「だいぶ助かったかな。僕が学校でこっそり聞いてきた話で鳴瀬に説得するわけにもいかないからね。うん、本当にありがとう」  心からそう述べると、大我は満足そうに笑って食器を洗い始めた。 「どういたしまして。でもさ、鳴瀬いいヤツだったから、俺もなんか、ありがとうだし」  偶然にも大我自身が大きく救われたようだ。  大我は自分が手を貸さずとも、自らの力で立ち直る力があるように思う。  早くに自分の道を見つけて、ここから出て行く日が来るのではないか。  南方は大我の隣に立ち、大我の洗った食器をすすぐ。  大我がここからいなくなる、それはどこか、寂しい気がする。

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