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27 展望
日がすっかり落ちた時間帯、南方宅の大我のもとに弁護士が訪れた。
銀縁眼鏡に気難しい表情をした北上を、大我は和室に通す。
彼は大我を見上げ、安堵のため息をついたようだった。
「なんだか見違えたな。ついこの間まで今にも死にそうな顔してたのに」
斜め隣席に座って、大我はテーブルで指を組む。
「ほとんど死んでたよ。俺、北上さんの顔覚えてなかったし」
北上と会っていたときは自暴自棄になっていて、ほとんどうつむいて会話していたように思う。
北上は親切な人間だと理解していたが、顔立ちだけで察するなら非常に鋭く冷たい人間に見える。
それに気づかないほど、周囲が見えていなかった。
たいして時間がたっていない現在が落ち着いた状況であると思い知らされ、南方に改めて感謝の念が沸いた。
「世話になっているかたがまだ戻っていないようだから、先に言う」
北上は自らの仕事をさっそくこなしていく。
大我は自分が関わったことをすべてを話したが、関連して聴取された河南、彼についた弁護士が話にならないという。
河南は、大我と身体の関係があるほど親しくしていて別れ話が上がったために、逆恨みされて身に覚えのない罪を着せられていると言ったらしい。
河南に関する件に深入りさせないよう、すべてを痴情のもつれで処理するつもりだと、北上は判断した。
河南がそこまで見越した上で自分と関係を持ったのかと思うと、自分の違算がどうしようもなく忌々 しい。
「きみと取引相手しか裁かれないことにどうしても納得がいかないんだけどな、本当に向こうの弁護士に話が通じない」
一つため息をついてから、北上は慎重にもう一つの要件を報告する。
両親の離婚、父親の件を処理することになったと大我に告げた。
全てが終わる前に成人するであろうが、親権者はどちらにするかと問われる。
父親との血の繋がりがあったとわかったときのように、漠然とした涙がにじむ。
誰かを憐れんで、ではない。
たぶんあの家の、今までのすべてが無駄だったという事実が悔しくて、悲しいから。
「父親金持ってるから、父親でいいよ。苗字も変わんないから、そっちのほうが楽でしょ」
もうよっぽどのことがない限り、父親にも母親にも会うことはない。
親は今後自分たちに関わることをすべて北上に託したらしい。
やはりどう考えても、それは悲しいことだった。
ここに来て二週間が過ぎた。
自分の身の振り方を考えなければならない。
犯罪を犯しているということを踏まえて北上に今後を相談しているうちに、南方が帰宅する。
大我は自分の罪を、南方に簡潔に白状した。
自分の中では大きなあやまちだが、起きた出来事は単純なものだった。
大我はあの日、河南ではない見知らぬ人間から大学構内で仕事を依頼された。
ただの配達のつもりだった。
ハイリスクハイリターンな荷運び、河南の上の組織に深入りしていなかったため、万が一の際の被害を最小限にするために利用されたらしい。
それ以前の河南に依頼された件も取り調べで話したが、相手の名もわからず、唯一名がわかっている村田の件も被害届が出ていないため、罪には問われなかった。
その日の荷物が悪かっただけ。
それでも、犯罪的なことをしているのだろうという自覚はあった。
北上が南方に対して補足する。
「大我くんの罪は、自分の行動にまったく責任を持っていなかったことです。実際ことが起きて、実質的な責任のいっさいを親がとっています。そこだけしっかり理解してもらえれば、問題ないと私は判断しています」
ことが大きすぎて問題ないとは言えないはずだが、彼の視点から見ればそうなのだろうか。
そう言ってもらえることが、ありがたい。
南方は落ち着いた表情で頭を下げる。
「わかりました。ありがとうございます」
そこで北上が、居住まいを正した。
「あの、世話になっているのですが、もう一つお願いしたいことがあります。大我くんが大学をやめて仕事をすると言うので、話を聞いてやって下さい。学生の就職相談は、南方さんのほうが専門だと思います」
先ほど相談したばかりのことを、北上は南方に依頼した。
北上はただでさえ就職に不利なのだから、今すぐ働くよりも大学を卒業してからにすべきだと言ったが、元々勉強は好きではないし、河南のいる場所には行きたくない。
そして、仕事をしてみたい。
「なにかやりたいことがあるの?」
少し驚いた顔で、南方が聞いてくる。
大我は、やや笑いながら答える。
「今日もさ、集会所に行ってきたんだけど。俺勉強嫌いだからどんな仕事したらいいかなって聞いたらさ、ホストになればって言われたんだよね。みんな俺が働く店に通ってくれるんだって」
「んー、まあ、似合いそうではあるけど」
学生の就職相談でホストになりたいなどと言えば、教師は止めるだろう。
だが、そうではない。
「でも俺、園姫 に行きたくないからさ」
大きな繁華街は近隣では園姫にしかない。
河南に依頼されて通った園姫に、行くのが怖い。
「他になんかないかなって言ったらさ、介護施設とかどうかって言われたんだよね。みんな俺の働く施設に入ってくれるんだって」
正式な仕事をしたことなどない。
介護職は過酷だと見聞きする。
だが集会所で年配の人間と話すことが楽しかった。
人に求められることをなすというのは、自分に合っているのではないかと思った。
南方は大我の顔を見てやや考え込み、口を開いた。
「あのね、なんだろう。介護士さんの服装のイメージってポロシャツにチノパンなんだけど、白石がそんな格好で働いてるの、想像できたな。合ってるような、気もするね」
南方が自分の中身を理解した上で賛同してくれているようで、気持ちが満たされ、明確な意欲が湧き上がる。
ただ、北上は難しい顔のままだった。
「今日思いついたばかりのようなので、南方さんになにかをする義理もないでしょうが、見てやってくれるとありがたいです。私にも頼む義理もないんですが、ご両親に相談もできないだろうし、ほおっておけないので」
顔に似合わず情が深い弁護士は、大我のために力を尽くす。
頼まれてもいない大学への対処まで取りこなし、今日も話があると言ってこの家を訪ねながら、南方に事情を話せていない大我に話すなら手伝うと、同席することを乞 うた。
報酬の高額な弁護士だと聞いたが、恐らく報酬以上のことをこなしている。
事務的な仕事も情を持って従事されると嬉しいと、自分もそうありたいと思わせる、尊敬できる人間。
南方が北上の言葉を受けて、返答する。
「承知しました。ほおっておけないのは、私もわかります」
二人の言葉がありがたい。
大我は二人が視界に入る位置に後退し、正座をして頭を下げた。
「二人とも、どうもありがとう」
全てが無意味だったと思ったが、そうでもない気がする。
家庭にはおそらく恵まれなかったが、周囲の人間には恵まれている。
南方は小さく笑んで、言った。
「そんなふうに、白石がいい子だってわかるから、みんな力を貸したくなるんだと思うよ」
そんなふうとは、頭を下げたことだろう。
このような礼儀はほぼ、泉から学んだことだった。
南方の言う力を貸したくなるみんなのなかに、たぶん泉も含まれている。
自分はこの世からいなくならなかったから、泉に喧嘩を売ったことで、泉はせいせいしてしない。
泉に、謝りたかった。
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