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34 理想
父親に似ているという大我の言葉に、米山 は不快そうに目を細めた。
「うちの息子に、おまえのようなやつはいない」
「じゃあ孫とかは? 俺みたいなのいる?」
相手に好かれようと努力しても、好かれなければむなしいだけ。
無駄な努力はしたくない。
面識のない相手でも、相手を知ろうと会話をしていくうちに自分が楽しくなる瞬間がある。
それはたぶん、相手が話したいことに到達したとき。
そのとき相手も、見ず知らずの自分との会話を受け入れてくれたのだと感じる。
園姫 に通った際に、それを何度も経験している。
米山は難しい表情のままだったが、問いに対して答えてくれた。
「いるな、どうしようもないのが」
「そーなんだ、俺と同じかな? 勉強嫌いで遊んでばっかとか?」
「まったく同じだ、いい大学に入っておきながら、遊んでいる話しか聞かないからな」
米山の背後で様子をうかがっていた介護士は、笑顔でその場を離れていった。
入居者はおそらくすべて集まっていない、まだ業務が残っているのだろう。
「俺もこないだまで大学行ってたけど、遊んでばっかだったなー」
ほんのわずかな過去を思い出す、大学で勉強をしたという認識があまりなかった。
米山が話に乗ってくれていると感じ始めていたが、その大我の言葉に再度不快をあらわにした。
「なんのために大学に入った?」
「なにも考えないで入っちゃったから、やめて仕事しようと思ったんだけど」
言いつくろうのは好きではない。
さらに不快にさせるだろうが、飾らずに返した。
「親が大金を払ったんだろう、なにも思わないのか」
心苦しさはなかったのか聞かれている、が。
「んー、あんまり思わなかったかな。親も大学入ればそれでいいって思ってたみたいだし」
自分が期待されていたことは金を無駄にしないことではなく、世間体をたもつこと。
それには、わずかでも応 えていたように思う。
続いた米山の言葉は、大我ではないものを非難した。
「なんだそれは。子は親の鏡だな、おまえみたいになにも考えてない親なんだろう」
「米山さん」
突然、背後から声がかかった。
振り向くと、石越が米山を見すえ歩み寄ってくる。
「親は親、子は子ですよ」
次いで、大我に目を向ける。
「白石、全体的に目をくばれ。一人に集中していると、別のことを見落とす」
「わかりました」
米山のかたわらから立ち上がり、なぜか顔をそむけた彼を見る。
「俺の父親ね、俺と違って見た目も中身もまともなひとだよ」
鏡になれていたら。
自分が父親と似ることができたなら、父親は自分を子と認めてくれたかも知れない。
でも父親が自分に姿を映さなかったから、自分は父親の鏡に、父親の子になれなかった。
「だったら父親を見習え」
父親が他人に迷惑をかけるなと言うから、自分も他人ばかりを見ていた。
父親を自分に投影すれば、みずから鏡になろうとすれば、父親の子になれただろうか。
「でも父親、小さいときから全然話ししてくれなかったから、俺、父親のことよくわかんないんだよね」
大我に対し常に反論してきた米山は、その言葉には反論しなかった。
「わかんないまま絶縁されちゃったから、なんか吹っ切れなくてさ。米山さん父親に似てるから、仲良くなれたら嬉しいかなって思ったんだよ。もしここで働けたら、また話してほしいんだけどな」
顔を背けたまま、米山はやはりなにも言わなかった。
石越の視線に気づいて、彼の助言にしたがい周囲を見渡す。
「もうこんなに集まってたんだ、気づかなかった。仕事してたら、こんなじゃダメだね」
席が埋まって、すでに全員集まっているように見える。
不甲斐なさをぼやくと、無表情の石越に目配せをされた。
「ちょっと来い」
壁際まで歩くと石越は腕を組み、米山の背中を軽くにらむようにした。
「あの人はとにかく不満を言う人間なんだ。俺も親がどうこう言われて内心ブチ切れてる。あれをされたのは、白石だけじゃない」
「俺は親の影響受けてる気まったくないからね、ブチ切れてないよ」
石越は目を細めると、ため息をついた。
「気にしていないなら、いい」
ふと、以前南方が大丈夫かと気をつかってきたことを思い出した。
鳴瀬が親の話をしたとき、鳴瀬の言葉に傷ついたときだ。
「石越さん、みなちゃんみたい」
「どういうことだ」
「優しいねって言ってる。俺のこと心配で見ててくれたの?」
時間があったら見ると言ってからさほど間があいていない。
親が侮辱されおだやかではないだろうと、大我のために米山を止めたのだ。
石越は生真面目な顔で答えた。
「少し前に米山さんが原因で若い職員が辞めているんだ。話をしているのが見えたから、気になった」
「ありがとう」
感謝を述べたのに、石越はつまらなさそうに息をつく。
だが家に来たときのような攻撃的な空気は感じない。
「あのな、なんでもかんでも話しをしないで、少し考えろ。いらん喧嘩を売るな」
「喧嘩売ったかな?」
「子どもと会話をしないようなロクでもない親と米山さんが、似ていると言っただろう」
不快にさせると、自覚していた。
間違ったことをしたのだが、石越はそれ以上は責めなかった。
「俺はなんか清々 したけどな。今度ちゃんと話をさせてくれ、俺はおまえを誤解してるようだ」
レクリエーションが始まるらしい。
石越は複数人の入居者に声をかけられ軽く返事をしながら、事務所へ戻って行った。
米山とは不仲なようだが、信頼の厚い人間であることは間違いなさそうだ。
ここに来てからの石越の言葉は、誠実さを感じさせる。
会の進行を手伝い、入居者と語らいながら職員の動きも眺める。
米山に歩み寄れた気がしない。
考えの押しつけや事実ではない非難、同じことをしてきた父親は自分に対して関心がないように感じたが、米山は違った気がした。
だから会話を続けたが、思ったままに語ってはよくないと石越は言う。
南方が言っていた、理不尽だが組織として相手を立てねばならない案件なのだろう。
相手を不快にさせないよう自分をつくろうか、おそらく石越がしているように歩み寄るのは不可能だと一線を引くことが、この場の正解。
それをしたくないと思うことは、間違っているだろうか。
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