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クリスマスイブだから、皆早く帰ろう、と朝から上司がしつこく言っていたので、いつもより早く会社を出た。キシは家にいる日で、玄関まで何かいい匂いがしていた。
着替えてからリビングに行くと、部屋がいつもより暖かい。
「何すればいい」
「カウンターの皿だけ、テーブルに置いてくれる」
言われた通りにしてから、食卓の自分の席に青い箱があるのに気づいた。
キシを見ると、彼は僕を見て微笑んでいた。
「あげる」
「何?」
「開けてみ」
それほど大きな箱ではない。それほど重くもない。僕が箱を持ってひっくり返して底を見たり側面を見たりしているうちに、キシがこっちに来て、僕の横の椅子を引いて座り、僕の椅子も引っ張り出した。
「座れよ」
「これ何?」
「あげる。クリスマスプレゼント」
僕は座ってから、キシの顔を見た。
「ごめん、僕何も用意してない」
「知ってた。いいから開けな」
濃い青の包装紙を剥がし始めると、キシはテーブルに肘をついて、それを見ていた。
包装紙を取って箱を開けた。箱の中にまた透明のケースがあって、その中は腕時計だった。
「えええ。これ?これって」
「気に入ったかな」
キシは僕の前に手を差し出した。
「実はお揃いなんですよ、どう思う?」
スウェットをまくりあげた彼の腕を掴んで、手首を返した。黒と青で、ちょっとメタリックな感じの、いろんな機能がついていそうな時計。
「キシさん、時計しないのに」
「時計な。割とこだわるからなかなかいいのがなくてね」
キシが腕時計をしているのを、見たことはなかった。
プラスチックケースを出して、蓋を開ける。キシがしているのと全く同じ物だった。
「うーわ」
「好き?」
「すっげえかっこいい」
僕は、ケースにがっちりとセットされた大げさな台から何とか時計を取り外した。見た目よりずっと軽い。
「してみる?」
とキシが手を出したので、時計を渡す。彼は僕の左手に時計を通し、金具を止めてくれた。それから、僕の手を取って、時計のバンドと僕の手首にキスした。
「俺のより金具一個少なくしてもらって、ちょうどよかった。上野、赤くなってる」
「ああ……あの」
僕はうろたえて、キシの顔を見つめた。
「アナタはクリスマス嫌いだろうけど」
キシはにっこりと笑った。
「何かこういう物が欲しかったんだな、俺が。構わない?もらってくれる?」
「もちろん。もらっていいなら。ありがとう」
僕は左手首を裏表に返して、時計を眺めた。
「クリスマス嫌いなんて、言ったっけ」
「いや」
彼は僕の左手を握ってちょっと持ち上げて、僕と同じように時計を見た。
「駅前に、クリスマスツリーとかあるじゃん。買い物行くあの道もイルミネーションがあるし」
「ああ」
「お前、通るたびにじっと見て、何も言わないから。きれいだねって言いそうなもんなのに」
「……それだけで?わかった?」
キシは首を傾げた。
「それだけではないかな。そだ、お返しとかいらないよ」
キシが唇を付けた場所が、痺れたような微かな温もりをまだ保っていた。
「正月休みの話は、また後でしよっかな。先にごはん食べよう」
キシは僕の手を一度ぎゅっと握ってから放す。
「これ、本当に嬉しいよ」
そう言った後で、言葉が続かなくなった。でも何とか、
「同じ時計で嬉しい」
と小声で付け加えた。
「うん。いい感じだよな」
キシが手を突き出し、二人で腕を並べて二つの時計を見た。
突発的に涙が出てきて、僕は慌てて立ち上がった。椅子が急に引かれて床に擦れる音が響いて、キシがほぼ同時に立ち上がり、僕を腕の中に抱え込んだ。
涙が溢れてこないように、目を開けたまま、キシの体を抱きしめる。彼は僕の背中をぽんぽん叩いた。
「泣いていいよ、上野。泣かなくていいんだけど」
彼の肩にもたれて目を閉じると、涙が頬に伝い落ちた。キシは穏やかに、
「今週、引っ越し頑張ろうな」
と言った。
「……荷物ないから。大したことない」
「とか言ってると、意外と大変なんだぜ」
キシは僕の頭をそっと撫でる。
「引っ越し終わったら、いろいろ話すよ」
「いろいろ」
「今話すとお前また余計なこと考えるから、来週以降に。あっ、でも正月休みの間に俺の母親と食事しない?ってのは言っとく」
僕が思わず体を離すと、キシは楽しそうに笑った。
「大丈夫だって」
そしてもう一度、僕を抱きしめた。
「時計見たら、ずっと一緒にいるって思い出せる?」
静かな声。
僕はさっきから、ずっと一緒にいてくれる?と聞きたかったのだ。
何故わかったのかを尋ねたかったが、だってお前いっつもそれ聞くじゃん、と笑われるだろう。
キシは、ぐつぐつと大きな音を立て始めたキッチンの鍋が気になるようで、でも僕がばかみたいにぎゅっと抱きついている間は、何も言わずにただ抱いていてくれた。
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