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第1話 僕はβになる 1

******** あと1分・・・ あと30秒・・・ 5、4、3、2、1・・・ 「やった!! これで俺は・・・!!」 頭から被っていた掛け布団を放り投げ、俺は歓喜のガッツポーズを決める。 久遠 茜(くおん あかね) たった今、30回目の誕生日を迎えた三十路Ω。それが俺。 いや違う、俺は今日、βとして初めての誕生日を迎えたぴっちぴちの三十路βだ! これでやっと、あの階級トップで威張り腐った暴力的性欲の塊‪α‬どもの脅威に怯えなくて済むんだ。 この世界には男女の性別とは異なる、‪α(アルファ) β(ベータ) Ω(オメガ) という3つの第二次性男性だけに存在する。 社会的に格差はあるものの、‪男女間α‬βΩ間で何かを制限されているということは無い。恋愛や結婚も自由。 しかし、人口が少なく希少価値のあるΩをパートナーに持つ、というのが古くからα‬のステータスらしく、ほとんどのΩは、βである女性との結婚などは望めない。 しかも厄介なことに‪α‬が持つフェロモンとΩが持つフェロモンはお互いを誘惑するという特性があり、性行為中に‪α‬に項を噛まれてしまったΩは本人の意志など関係無く強制的にその‪α‬以外との性行為を受け付けなくなる体になってしまう。それが〝(つがい)〟の契約。 ‪α‬の所有物になる、ということ。 『‪α‬に捕まってしまったらΩは最後』 是が非でも女性と恋愛したい俺は、α‬との接触を避けに避けまくった結果引きこもりになってしまったのだ。 βよりも少ないとはいえΩよりも多い‪α‬。つまりΩ争奪戦のようなことが起こっている世の中・・・社会的地位の高い‪α‬と番になれば幸せになれる、と思われがちだがそんなことはありえない。 なぜなら万が一 番になった‪α‬に捨てられでもしたら、Ωに待つのは地獄、だからだ。 発情期というものがあるΩは定期的に体が性欲のみに支配されてしまう。一度‪α‬と番ってしまえば、発情期にはそいつだけを求めて狂うほどの自身の性欲に襲われてしまう。他の誰とも交わることはできない。そんなの、地獄でしかない。 俺は、Ωである自分が嫌いだ。 弱く、脆く、発情期にはどうしようもなく熱くなる体が嫌いだ。 女性である母はβだが、父は‪α‬で双子の弟も‪α‬。それなのに、Ωとして生まれた自分が嫌いだ。 初めての発情期が遅かったおかげで、学生時代の俺はクラスに‪α‬がいても問題は無かった。Ωだと気付かれずに、‪α‬である双子の弟 (あおい)のそばでずっと‪α‬を演じていた。 ‪α‬よりも格段に劣る頭脳を、腕力と体力を、努力だけでカバーして来た。 卒業式のあの日までは────・・・ が、しかぁし!! 今日、俺はようやくΩの呪縛から解き放たれたのである!! 子供の頃、葵が言っていた「30歳まで性行為をしなかったら、Ωはβになれるんだって」という言葉を信じ、俺はそれを成し遂げたのだ!長かった・・・。 発情期を迎えてからは特に辛かった。持て余す性欲との戦い、‪本能的にα‬を求めてしまう思考と身体。 ‪α‬に捨てられたΩと童貞処女の俺とでは、どちらが地獄なんだろう、と何度考えたことか。 それもこれも、今日この日のため・・・!今までの努力が全て報われたのだ・・・!! 俺はこの喜びを伝えるべく、さっそく葵に報告しようとスマホを手に取る。 プルルルルル・・・プルルルルル・・・ 『・・・あい、・・・なに』 明らかに寝ていたと思われる葵の不機嫌な声。 「おい、今日は兄の30歳の誕生日だぞ!めでたいと思わないのか?」 『あー・・・、おめでと。つか俺も誕生日だっつーの。引きこもりは祝ってくれる相手が双子の弟しかいねーのかよ。さみしーな』 「なっ!?お前、俺がΩだったと知っててそれ言うのか!?」 『Ωだからって、恋愛や交友は自由だろ。茜は‪アンチα‬が過ぎるんだって。Ωだってβとふっつーに付き合えんじゃん。世の中そう簡単に‪α‬がゴロゴロ転がってるわけじゃない』 それは、正論だが・・・俺はどうしても‪α‬は・・・ 『とにかくさー。30にもなったんだから家事くらい自分でできるようにしろよ。俺もう茜の面倒見に行くの卒業したいからさ』 と言って一方的に通話をオフにする葵。 最近まで同じマンションに住んでいた葵は、〝運命の番〟とやらを見つけたと言って出て行ってしまった。 ずっと一緒にいてΩである俺を心配してくれていた弟が酷く塩対応・・・。多少なりとも傷付くが、これもきっと童貞処女で30歳を迎えβになった兄の心配はしなくてもいいのだ、と思ってのことだろう。 ・・・にしても・・・ ベッドルームから出てリビングを見渡すと、ゴミは無いにしても乱雑に物が散乱しているのが嫌でも目に入る。 ‪α‬のフリをするために自分磨きの努力はして来たが、それ以外は全くしてこなかったツケがこれだ。俺は弟がいなければ自分の身の回りの世話ひとつできないダメ人間になっていた。 仕方ない。葵が何もしてくれないと言うのなら最後の手段・・・! ベッドルームに戻りスマホを手にする。

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