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第2話 僕はβになる 2
『お電話ありがとうございます。プロフェッショナルハウスキーパー マムです。お客様のお電話は私、佐藤が承ります』
ネットで検索した24時間対応の家政婦紹介所へ電話を掛けると、明るい女性の声がする。
「あー、ネットで見て評判が良かったので・・・あの、1日4時間程度、週3日でお願いしたいんですが」
『かしこまりました。少々お待ちくださいませ』
単調な音楽を聞きながら待つこと1分弱。
『大変お待たせ致しました~。ただいま在籍のハウスキーパーが全て埋まっておりまして・・・来週までお待ち頂ければ、少々ご費用がかかってしまいますが、うちで一番優秀な人材を派遣できます。いかがでしょう?』
一番・・・。いいじゃないか。俺は一番という言葉が好きだ。
「優秀であれば費用のことは構いません。その方でお願いします」
『かしこまりました。ご自宅に伺うにあたって何か事前に注意事項などございませんか?性別やバース性など・・・』
注意事項?俺はもうβなんだ。例えハウスキーパーがαだろうとΩだろうとほぼほぼ関係無い。だが女性に免疫のない俺が、こんな汚部屋に女性を招き入れるのには抵抗があるな・・・。
「男性だと有難いんですが」
『でしたらご安心ください!派遣予定のスタッフは男性ですので』
電話口の佐藤さんに名前や住所を告げ電話を切る。
一番優秀なハウスキーパーか。良かった。心置き無く散らかしておけるな。
翌週
指定した時間少し前にエントランスからのインターホンが鳴る。
モニターに映るのは少し俯いた20代半ばほどの男性。
『ハウスキーパー マム から来ました』
「部屋の鍵は開けておくので入って来てください」
はい、と返事をした男性が部屋の扉を開けたのは、指定時間ちょうど。さすがはナンバーワンハウスキーパー。
それだけで彼を気に入ってしまう単純な俺。
リビングのドアを三度ノックして入って来た彼は、深く頭を下げる。
「これからお世話になります。綾木 塁 です。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく・・・」
・・・ん?・・・なんて?
あやき、るい・・・?
聞き覚えのある名前が記憶の片隅にある。
彼が顔を上げたとき、薄ら思い出したその名前が鮮明になった。
「あ、あ、綾木・・・」
覚えている。いや、思い出した。
高校時代の3年間、同じクラスだった 綾木 塁 だ。
髪の色や長さは変わり、雰囲気も大人になっている。それはそうだ。最後にこいつの顔を見たのは卒業式だったんだ。変わっていて当然。
けれどやはり面影は残っていて・・・人を小馬鹿にしたような目や、常に上がった口角、嫌味なほどの鼻の高さ。整った顔立ち。
間違いなく、綾木だ。
「まさか茜のハウスキーパーやらされるなんてなぁ。やっぱ俺、お前に勝てないようになってんだな」
と綾木は可笑しそうにする。
「綾木おまえ、αのくせになぜこんな仕事を・・・」
こいつは元々上流階級の家柄で、働かなくとも遊んで暮らせる余裕なんていくらでもあったはずなのに。
「あー俺さ、若い時に家追い出されたんだよ。兄貴の番になるはずだったΩに迫られちゃって。激怒した兄貴に追い出された。俺から手出したワケでもないのにさぁ。めんどくせぇからそのままずっと家帰ってない」
「そ・・・だったのか。だけど、なんでハウスキーパー・・・」
「えっ、別に意味は無いけど。ま、αって結局基本何でもできちゃうじゃん?家事も別に苦じゃねーし。住み込みで雇ってくれる客もいるし、家事やって金もらって住まわせてもらえる。良くね?」
「そう、かもしれないけど・・・。αとしての誇りは・・・」
「そんなんあったら、高校時代にお前に負けてねーよ俺。お前は・・・典型的αサマって感じだったもんな」
綾木にそう言われて自分の高校時代を思い返す。
努力に努力を重ねていたあの日々を・・・
高校時代
自分がΩ性であることに一番絶望していた頃だ。
出生時の染色体検査で既にΩだと宣告されていたらしいが、中学に上がる前に念の為にした再検査で再びその事実を突きつけられてしまった俺。
発情を迎える恐怖に怯え、何がなんでもその事実を知られてはいけないという脅迫観念があった。
幸い双子の弟 葵 がα性であったため、周囲は勝手に俺もαだと思い込んでくれていた。
けれど能力の高いエリート性のαとは違い、βよりも劣性とされるΩの俺は体も弱く頭もそれほど良くはなかった。
だから、努力するしか無かった。家では葵の何倍もの時間を机に向かい、暇さえあれば筋トレをして体を作り、それでも弟に負けてしまう腕力は護身術を身につけることでカバーした。幼い頃からありとあらゆるスポーツを習い事で経験させてくれた両親には感謝したものだ。
その甲斐あって、高校の3年間は学業では常に成績トップ。スポーツ面でもその辺にいるαよりは上だった。Ωに備わった男を誘惑することに特化した外見で、人を惹きつけるのも得意だった。2年間生徒会長も務めた。
俺はいつも一番だった。それでもΩだという事実は変わらない、どうしようもない絶望感。〝典型的α〟そう思われることが唯一の拠り所。
そんな俺に食らいつくように、いつも二番手にいたのが綾木だ。
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