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第12話 運命 3

Ωの本能が茜にそう言わせたんだって分かってはいる。 自分が求められてると勘違いして舞い上がって、茜を抱いたところで気持ちは手に入らない。 ただの同級生から友人になれた。セックスだけではその先への昇格は叶わない。 「あの、綾木」 「・・・なに?」 「今日も、綾木が作ってくれるのか?」 作る、って、メシのことか? 「うん。そのつもりだけど」 一昨日 片付けたばかりのリビングやキッチンは軽く掃除するだけだし、一人暮らしの茜は風呂やトイレも二日じゃ汚れてもいない。今日の仕事は洗濯物とメシの準備と作り置きくらいか。 「だったら、また作ってくれないか?肉じゃが。・・・すごく美味かったから」 「・・・うん。わかった」 やった、と言って茜がリビングへ戻って行く。 なんだよ、今の会話。まるで新婚みたいじゃん! 勘違いしないし舞い上がらないつもりではいるけど、どう考えても無理! 頼むから勘違いさせてください、舞い上がらせてくださいって! 茜のパンツを片手でぎゅっと絞りながら、綻びそうな表情筋を崩れないように固める。 仕事としてじゃなく、茜に何かしてやりたい。 俺はエプロンを外して、玄関に置いた自分のカバンを漁る。 あれ、無い。財布、忘れたのか・・・ 「茜。俺買い物行ってくるけど、財布忘れたみたいでさ。先にホテルまで取りに行ってくるし、戻るの少し遅くなる。お前また出先で発情したら困るだろーし、今日は俺一人で行ってくるから」 リビングにいる茜に声をかけると 「材料費なら俺が出すのに。・・・それよりホテルって?」 不思議そうに聞き返してくる。 「人の金預かんのやだし俺。・・・そーそー、住所は実家のままだけど、家出てからはずっとホテル暮しなんだよ。依頼主んとこで住み込みで働くこともあるし。今はそこの駅前のカプセルホテル」 「は・・・!? カプセルホテルだと!? αのお前が!?」 「αだってカプホくらい泊まるっての。シャワー室もあるしドリンクバーもあるし、快適だぞ」 「ちょ、ちょちょっ、ちょっと待て綾木!」 部屋を出ようとする俺を茜が引き留める。 「なに」 「なに、って。お前は、それでいいのか?」 「別に、不自由はしてないけど?」 「そうじゃなくて!・・・綾木の御家族は皆、警察のエリートだろう?」 確かに父は警察官僚だし母は元刑事で、兄も警視庁勤め。祖父も官僚だったっけ。 当然のように俺もそうなると思ってた。でも結局なれなかった。ならなかった。 「家出たのって大学ん時だったからなあ。そっからこのバイト始めて、何となくそのままだし」 「劣等感、というものは無いのか」 劣等感? ・・・ああそうか。茜はきっと、自分がΩだって事にずっとそれを感じて生きて来たんだな。双子の弟に、家族に対しても。 ソファの上で膝を抱え俯く茜。 「無いよ。どんな仕事だろうが誰かの役には立ってる、意味はある。・・・茜がΩなのも、卑屈になるようなことじゃないよ」 「あやき・・・」 縋るようにも見える瞳が俺を映す。 あ、俺今いいこと言った気がする。いいんだぞ、茜。そのまま「ありがとう」とか何とか言いながら抱きついてきたりなんかしてくれても・・・ 「荷物があるなら今すぐホテルから取って来い」 「え」 「お前はバカか!? αとしてのプライドが無いのか!! 優秀な遺伝子を持っていながらなぜ使おうとしない!! とにかくさっさと取って来い!ほら!!」 物凄い剣幕の茜に追い出され、玄関ドアが勢いよく閉まる。 「は・・・?」 ちょっと待て、さっきの流れはそういうんじゃないだろ。俺の言葉で茜が「きゅん♡」する流れだったろぉ!? 茜が相手だと、何もかも上手くいかない。運命とは程遠いのかもしれない。 俺は溜息を吐きながら駅前のカプセルホテルへと向かう。 キャリーケースひとつ分の荷物を持って茜のマンションへ戻ると 「隣の部屋だ。使え」 とカードキーを差し出してくる。 「実家に戻るつもりが無いのなら、近いうちに住所変更もしろ」 「いや、あの・・・なんで?」 「安心しろ。人を雇って管理は任せているが、このマンションは俺のだ。いい歳でフラフラとしている友人を放っておけない。見ていて腹が立つ」 イヤイヤイヤ、お前こそいい歳して引きこもってんだろ。 「そこまでしてくんなくても、俺は好きでやってるし」 「そうか、そんなにハウスキーパーの仕事が好きなら、お前の全ての時間を買ってやる。思う存分働け。住み込みで働くこともあるんだったよな?この部屋とお前が住む隣の部屋の維持、俺の食事の準備や身の回りの世話が綾木の仕事だ」 「あ、茜・・・っ」 呆気に取られる俺を尻目に、茜は早速 マム へと契約変更依頼の電話を入れている。 「おい、佐藤さんだ。綾木に代われと」 スマホを渡され、俺は言われるまま耳にあてる。 『綾木さん?本日から終日、取り敢えずは1年間の契約で久遠様からご依頼がありました。よろしくお願いしますね』 「佐藤さん、俺まだ返事は」 『綾木さん、あなたはウチでいちばん優秀なプロのハウスキーパーですよね。それを見込んで久遠様は過去最高額で雇うと仰ってくださっています。断る理由、ありますか?』 うっっ!圧・・・っ!佐藤さんの物腰柔らかな口調の中にとんでもない圧が・・・ 「あり、ません。了解です・・・」 電話を切ると、何故か満足そうな茜と目が合う。 「俺が望んでも決して手に入らないものをぞんざいに扱うと言うのなら、屈辱を感じるほどお前をコキ使ってやろう。綾木、お前は今日からΩである俺にだけ尽くし役に立つがいい!」 わはは、と勝ち誇ったように反り返る茜。 茜の傍にいることを許されたようで、屈辱どころか俺にとっては逆に嬉しすぎる契約だ。 けどなんだろう・・・、この色恋から遠ざかってる感じは。 俺が運命じゃないこの恋を成就させるには、正攻法じゃ永遠に無理、と思うのだった。

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