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第13話 未知との遭遇 1
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俺は茜の宣言(?)通り、週7日24時間、いつでも茜の必要な時に隣の部屋から呼びつけられる、というスタンスの契約になっていた。
引きこもりの茜には、昼夜の感覚すら無い。決まった時間に寝起きもしない。深夜だろうが早朝だろうが関係無く、俺は召喚される。
かと思えば丸一日音沙汰の無い日もあったりして、こちらからの呼び掛けには全くの無反応で。何かあったのかと心配で部屋に駆けつけてみれば、「寝ていた」「ゲームに没頭していた」「ウェブ漫画をイッキ読みしてた」・・・引きこもり生活を満喫してるだけ。
初日に物で溢れたリビングを片付けて以来、茜の部屋に物が増えることは無かった。というか、増えないように俺が管理した。
聞けば、服や生活用品 消耗品は全て、双子の弟 葵 がせっせと買って来ていたとの事。
けれど葵が来なくなってからはそれらを片付ける事が出来なくて、オンライン定期購入→商品が届く→中身を確認→とりあえずリビングに置いておく→一人暮らしじゃそんなにトイレットペーパー使わない・・・シャンプーも・・・洗剤買っても洗濯しない掃除しない、服は新しいの買えばいっか・・・→また商品(消耗品+衣類)が届く→とりあえず置いておく→結果ごちゃごちゃ。という悪循環だったらしい。
家事を一切しない茜の元に週一で洗濯洗剤や掃除用品が届いても、そりゃ溜まる一方だっての。
深夜2時過ぎ。草木も眠るこの時間に俺のスマホが鳴る。
「・・・はい」
『綾木、大変だ。今すぐ来てくれっ』
焦ったような茜の声。いつもの偉そうな呼び出し方じゃない。
俺は心配になり、すぐに隣の部屋へ向かい、スペアキーで玄関を開け茜の寝室のドアを叩く。
「茜?大丈夫か? つーかここ開けろ」
「嫌だ。脅威はそっち側にいる!」
脅威?いる?
あー、もしかして黒光りのG・・・?
「俺の血を吸った、2箇所も!もう冬なのに!まだ諦めずに活動している!ああっ、痒いっ」
痒い?
と、耳元で プ~ン と一瞬高く細い音が聞こえ、音の方向で俺は咄嗟に両手を バチン と合わせる。
手の平を見ると、潰れた蚊と少量の血液。
「脅威は去ったぞ。出て来いよ」
「・・・本当か?」
薄く開いたドアの隙間から茜が顔を覗かせる。
「ホラ」
手の平を茜の前に出すと
「みみみ見せるな!そそんなグロテスクなもの!早く洗って来い!」
「へーへー」
夜中に切羽詰まった声で何事かと思ったら、季節外れの蚊かよ。ったく、しょーもねえ。
いくら24時間拘束の仕事だからって、惚れてるヤツ以外にこんな事しねーんだからな、俺は!
茜の血のついた手を洗うのは少し勿体無い気もしたけど、潰れた細い黒の物体が混ざっているのを見て仕方なく流し落とす。
リビングに戻ると、首元の蚊に刺された部分をガリガリと掻き毟っている茜。
「そんなに強く引っ掻いたら血ぃ出るぞ」
「わかってる。でも不快なんだからしょうがないだろ」
「薬は?」
「無い」
無いのかよ。
見た目の美しさに反して、茜の性格はかなり雑だ。葵が「もう頑張らなくていい」と言っていたのはこういう事なんだ。高校時代の茜はきっと、努力して作り上げていたんだ。完璧なαを。
「見せてみろ」
茜の隣に腰を下ろし、白い肌を細かく往復する指先を握って虫刺されの痕を見ると、何本も赤く筋を残し薄ら皮膚が剥け血が滲んでいる。
「言わんこっちゃない。あーあ、せっかく綺麗なのに」
「きっ!?・・・おまっ、すぐそういう事を言うな!」
近付いた顔を フイッ と茜は逸らす。
「ホントの事だろ。茜の肌に吸い付いて痕を残せるなんて、蚊が羨ましいんですけどー」
「吸い・・・っ、イヤらしい言い方をするな!セクハラだぞ!」
30男が耳まで真っ赤にしちゃって可愛いが過ぎる。
「痒い!掻かせろ!」
と言う茜は、俺が掴んでいない方の手で自分の脇腹の辺りを服の上から引っ掻く。
「あー、2箇所も刺されたんだっけ?そっちも見せて?」
彼の両手首をひとつにまとめ掴み、トップスの裾を捲り上げると
「いやだっ、バカ!変態家政夫っ」
暴れる茜の脇腹にも首元と同様の引っ掻いた痕。
「変態はお前だろ。こんなとこ刺されるようなカッコしてたの?」
「違う!少し横になっていたら、服が捲れていて・・・気付いたら刺されていただけだ」
・・・なるほど。腹を出して うたた寝をしていた、ってことか。
それにしても、俺が必死で触れたいのを我慢している茜の肌に2箇所も痕をつけるなんて、いくら虫でも面白くない。
「虫、以外に吸われたことある?」
「? どういう意味だ?」
俺の唐突な質問に、首を傾げ隙を見せた茜の鎖骨に唇を寄せ軽く挟む。
「ふ・・・っ」
「こういうの、誰かにさせたことある?」
「あるわけ、ない。恋愛経験が無いと、言っただろ」
恋をしたことの無い茜の肌に触れたのは、俺が初めてだって思っていい?
身を縮める茜の瞳を至近距離で覗き込むと、潤み小刻みに睫毛が揺れていた。
掴んでいる茜の手首が急激に温度を上げるのが分かる。
「あ・・・あやき、なんか」
茜がまた俺で発情してる。色っぽくて可愛いこいつを見るのは堪らない。だけど この前のように服の上から、なんて悠長にしてる余裕がなくなりそうで、俺は掴んでいた手を離す。
「やだっ、行かないで。綾木・・・っ」
「おわっ!」
立ち上がろうとして、勢いよく体当たりして来た茜に押し倒される形で床に転がる俺。
「痛てて・・・。だいじょぶか? あか」
呼びかけた名前を茜本人の唇で塞がれ遮られてしまう。
性急に噛み付く様なキス。香り出す甘い匂いが鼻腔を満たし全身に麻酔をかける。
「綾木、どうしよう・・・」
骨盤を跨ぐ様に上に乗った茜が俺のトップスを少し捲り上げ、熱い手の平が這う感覚に鳥肌が立つ。
「熱くて・・・どうにか、なりそう・・・。たすけて」
今までの発情とは明らかに違う。茜の濃厚なΩフェロモンに、αの「理性」なんて何の役にも立たないと俺は思い知らされる事になる。
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