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第20話 逆らえない2
「うう~・・・あやき~・・・ふろぉ・・・」
べちんっ、と額を叩かれて目を開けると
「僕は『あやき』じゃない!」
ベッドに寝かされた俺がしがみついていたのは
「・・・えれふぁんちゃ」
「もう えれふぁん でもない!」
ベッドの端に座る豪さんの腰だった。
重い体で寝返りをうち、豪さんから離れる俺。
寝室を見渡すと、俺と豪さんの二人しか居ないようだ。
どうやら俺は倒れてしまったらしい。
「応急処置だけど、僕の抗オメガ剤飲ませておいたから。しばらくはダルいかもしれない」
「すみません。急に目眩がして・・・ありがとうございます」
水の入ったグラスを手渡され ひと口飲むと、豪さんは「ん」と言って俺の手からグラスを取り上げる。
「『あやき』は、運命じゃなかったみたいだね」
「・・・なぜそう思うんですか?」
「僕も葵と初めて出逢った時、さっきのキミのような発作が起きたから」
・・・そうか。
やはり藤と俺とは、運命で繋がっているんだな。
「一緒にいれば、そのうち慣れるよ」
「一緒に?」
「藤くんだっけ? あの執事くん、運命の相手なんでしょ。出逢えたんだから、これからは一緒にいるのが普通なんじゃない?」
普通? これからは、藤 と一緒にいることが?
「運命って、ひとことで言えばとてもロマンティックだよね。でもさ、αとΩにとってはそんな甘いもんじゃない」
「・・・と言うと?」
「感情よりも何よりも先に、細胞レベルで体が反応する。お互いに自分のモノだってね。だけど心は別なんだ」
「心・・・」
「僕みたいに、元々孤独だった人間には救いだったよ。葵っていう運命と出逢えたこと。運命の相手と一生出逢えずに終わる人の方が圧倒的に多いんだってさ。そう考えると、僕達はラッキーだ」
「そう、ですか」
「茜は今、運命と対峙して幸せ?」
「・・・・・・・・・」
答えることができない。
生まれて初めて好きだと思った綾木。運命で結ばれている藤。
綾木と再会出来たことを、幸せだと思った。
藤に出逢ったことは、それ以上に幸運なことなのだろうか。
「わからないです。ただ・・・無性に綾木に会いたい」
綾木が抱き締めてくれたら、すぐにでも答えが出せるような気がした。
「そう。でもね、残念だけど、そう簡単に会えそうもないんだよなぁ」
コンコンコン と寝室のドアをノックする音が聞こえる。
「茜様はお目覚めでございますか?」
ドアの向こうからの問いかけ。
「はい。・・・少し待って頂けますか」
豪さんは立ち上がり、ベッドの上の俺に振り返る。
「茜は、運命を受け入れる?」
「・・・・・・・・・」
「迷っているなら、これを」
豪さんから渡されたのは、Ωの発情を強制的に鎮静化させる特効薬と、ごく初期の発情症状に効果のある抗オメガ剤。
「抗オメガ剤はαの発情にも効果がある。副作用が強くてαの服用は禁止されてるけどね。もし茜に理性が残ってて自分で打てるようなら特効薬を使う方が、彼に薬を飲ませるよりかは安全だ」
それと、と言って豪さんが俺の首にかけてくれたヒヤリとした感触。
「噛まれない為の首輪。僕が葵と出逢う前に着けていた物で悪いけど。・・・今日、葵のご両親とお会い出来たら捨てようと思って持ってたんだ」
首元に触れると、幅がある革製で端の金属部分でロックされて外せないようになっている首輪だった。
「鍵はどうしようか」
と言われ
「豪さんが持っていてください」
即答した。
これから何が起こるのかを想像できてしまうのが怖い。うちの両親のことだ、きっと息子二人共が運命と出逢えた事実に歓喜して、とんでもない舞台を用意したに違いない。
「茜が望むなら、出逢ってしまった運命は今じゃなくても簡単に手に入る。だけど、迷いがあるなら今は受け入れるべきじゃない、って僕は思う」
自衛はやり過ぎなくらいじゃないと、と豪さんは優しく微笑む。
「綾木が待ってるんでしょ?」
綾木・・・。あいつは俺を運命の相手ではないとわかっていたからこそ、番になるのを拒んだのかもしれない。ただ俺と番いたくなかっただけかもしれないが。
理由はわからない。俺は綾木から聞きたいんだ、会って、あいつの目を見て。
「俺は、あいつの所に帰りたいです」
「遅かりし青春、って感じだね」
ふふ、と笑った豪さんは、意を決したように寝室のドアを開ける。
躊躇いがちに部屋に入ってくる男の姿に、意図せずとも胸が早鐘を打つ。
「それじゃ、僕はこれで」
「待ってください!」
寝室を出ようとした豪さんを、藤が呼び止める。
「茜様のご様子、この状況を望まれていないとお見受けします。ですから・・・」
豪さんが出て行った寝室で、運命で結ばれた藤と二人きり。
首輪を嵌めて抗オメガ剤を服用した俺はベッドに、カーテンのロープタッセルで後ろ手に拘束された藤はベッドから最も離れた壁際で椅子に座っている。
どうやら俺たちは、一晩をこの部屋で過ごさなくてはいけないらしい。
それにしても気まずいな・・・。
自分の荷物はここに無いようだし、服も着てきたのとは違う。そういう行為がしやすいようにだろうか、大きめで前開きのシャツワンピースが着せられているし、藤の方もワイシャツ一枚とボトムスだけのようだ。パンツが履かされているのが救いだな。
俺は布団を被ったままで壁に寄り掛かる。
「藤。沈黙は心苦しい。何か話をしないか?」
「・・・はい」
遠目でもわかる。藤の顔が赤らんでいるのが。
抗オメガ剤を早めに服用したおかげか、俺の方は冷静でいられそうだ。
「若そうに見えるが、歳は幾つだ?」
「24です」
なんと、6つも下だったとは。
「父と母にはいつから」
「2年前です。大学を卒業してからすぐに。田中の家は、代々久遠様に仕える事が決まっています。高齢の祖父の跡を継いで、旦那様と奥様に仕えております」
「そうか」
そういえばセバスはβのはず。たしか伴侶もβではなかったか。その息子の藤がβでないのはおかしくはないか?
「藤がαなのは何故だ?」
「・・・」
質問がおかしかったのだろうか、藤は口を閉ざす。
「すまない。ふと疑問に思っただけだ。話したくなければ、いい」
「・・・私は、赤ん坊の時に久遠家の前に捨て置かれていたそうです。子供がいなかった今の両親が息子として育ててくれました」
そうだったのか。道理で・・・
望まない子を産み落としたΩが、裕福な家庭の前に子を置き去りしたのだろう、と容易に想像できた。そんなのは、珍しくもないことだからだ。
「ですので、たとえ運命であっても、私は茜様には相応しくないと考えております」
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