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第19話 逆らえない 1

******** 両親が滞在先のヨーロッパから一時帰国したと連絡があった翌日、俺は葵と豪さん(元えれふぁんちゃん)と共にセバスの運転で実家へと向かう。 綾木を両親に紹介したい気持ちもあったが、俺たちはまだ始まったばかりで番にもなっていないし、焦ることはないか、と思い直し、1日だけだが休暇を言い渡しマンションを出て来た。 自宅の門を抜け、セバスがエントランス前に車を停める。待ち構えていた使用人の男性が後部座席のドアを外側から開け葵と豪さんが降りるのを確認してから、続けて俺が座る助手席のドアを開けてくれる。 降り際に、頭を下げたままの使用人に「ありがとう」と声を掛けると、更に深く頭を落とす。 別に、そこまでかしこまる事も無いのに・・・。若いだろうこの子は、俺よりも多くの事が出来てしっかりしているんだろう。親の財産で暮らす引きこもりニートの俺などに頭を下げなくてもいいのに。 「顔、上げてくれないか?そういうの久しぶりで何だか心地が悪い。楽にしてくれていいから」 「・・・はい。ありがとうございます」 と、使用人の男性は困った様子で顔を上げる。 男らしい整った顔立ちに、健康的な若い肌。長身で、見上げた先の瞳は・・・ ドクン、 と心臓が一拍大きな鼓動を打つ。 彼と目が合った瞬間、いや、瞬間ではなく永遠にも感じた。 神経が、細胞が、身体中が感じ享受する。 『彼』だ、と。 震えそうにもなり、泣き出してしまいそうにもなる。すぐにでも彼に身を寄せて触れて、触れられたい。初対面であるにも関わらず、そうすることが許されているような、まるで自分の半身のような・・・ 誰に教えられなくとも自然と理解する。 運命は彼と共にある、と。 手を伸ばし、その頬に触れる寸前でよぎるのは、綾木の笑顔だ。 ふと我に返り、同じように自分の頬に使用人の彼の手が伸びているのに気付き、咄嗟に振り払う。 「しっ、失礼致しました!馴れ馴れしく申し訳ありませんっ!」 驚いた彼が一歩下がり、再び頭を深く下げる。 「あ・・・、いや。・・・こちらこそすまない」 払い除けた時に彼の手に触れた部分が熱い。刹那に感じた彼の体温で包まれているような感覚で小刻みに震えた。 「茜様!申し訳ありません。愚息がご無礼を!」 運転席から降りてきたセバスが、使用人の彼の隣に並び頭を下げる。 愚息・・・?この男は、セバスの息子? そういえば、確かうちの両親の元で働いていると言っていたような。 「セバ・・・田中。大丈夫だ。何でもない」 俺の運命の相手は、セバスの息子・・・。 「おい茜。何やってんだよ。早く来い!」 「あ、うん」 葵に呼ばれ、頭を下げたままの田中父子を置いて俺は家の中へと入る。 無駄に広い玄関ホールを通り、無駄にロココ調なリビングへ入ると 「まあ、茜!暫く見ないうちにまた一段と美しくなって・・・さすがは私の息子だわ~」 数年前に見た時より少しだけ老けた母に両手で頬を包まれスリスリと撫でられる。 母は昔から、無駄に俺を可愛がる節が大いにある。Ωの息子は、親からすれば娘と同じなのかもしれない。 「なんだか色気も増した?」 ドキリとする。 もし母の目に色気のある俺が映っているのなら、それは綾木の影響なのだろうか。それとも・・・ セバスの息子と目が合ってから、心臓が1オクターブ高い音で半拍ほど速度を上げたままで治まらない。 「父さん母さん、今日は俺たちの話がメインだろ」 と葵が話を切り出し両親に豪さんを紹介すると、すんなりと「明日にでも入籍を」と話が纏まり、和気藹々とした雰囲気のお茶会へと突入する。 「田中」 「「はい」」 父が部屋の外へ声を掛けると、同時に返事をする田中父子。 「息子の方だ。藤、あれを」 「かしこまりました」 ふじ、と呼ばれた彼がシルバーのトレイに乗せて持ってきたのは、クマのキャラクターがプリントされた白紙の婚姻届と万年筆、父の印鑑。 が、そんなことはどーっでも良くて。 俺は 藤 の動作一つ一つから目が離せなくて、これ以上見つめるのはマズイと思いながらも視線が彼を追いかけてしまう。 これは俗に言う『浮気』というやつではないのか!? 俺には綾木というれっきとした恋人がいるのに、初対面の藤に目を奪われ、どうしようも無く体が熱くなる。 伏目がちな瞳を自分に向けて欲しい。俺たちが見つめ合うのは、自然の摂理と同じ。必然的で、本能的で・・・運命なのだから。 「茜、どうした?藤が気になるか?」 「え・・・いえ、なんでもありません」 父に問われ、否定して顔を背けようとしたが、1秒遅れの視線だけを置き去りにしてしまう。 それが、いけなかった。 遅れた視線が、こちらに向けられた藤の瞳を捉えた瞬間・・・ゾクゾクとした快感と喜びで目眩がした。 上手く呼吸ができずソファから崩れ落ち、床に両膝と片手を着き、震える体を支える。 「茜!?」 すぐに葵が駆け寄って来て俺の背中に手を添える。 「おま・・・すげぇ汗。熱あんじゃん。おい、田中の息子!茜を部屋まで運べ」 ええっ!!! 待って、葵。彼はダメだ・・・! 「は・・・っ 、あ・・・、まっ」 荒い息の合間に短く途切れる声。上手く話すことが出来ない。熱を上げる体と息苦しさで世界がぐるぐると回る。 彼に触れられたいと思ったのは確かだ。しかし、触れられてしまうと、もう引き返せない気がする。 彼はダメなんだ。俺には綾木が・・・ 綾木、俺たちは・・・運命ではなかったのか。 思い返せば、綾木は「運命を信じるか?」「茜がそう思うならそうだ」と言っただけで、一度も自分から肯定した事など無かった。 あいつはわかっていたんだ。 俺たちが『運命』では ないことを。

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