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第18話 特別な何か 3

葵の穏やかな顔を見て、何故かこっちまで嬉しいようなこそばゆいような気持ちになってくる。 葵の相手がえれふぁんだったのには度肝を抜かれたが、あまりにも二人が一緒にいることが自然でお似合いで・・・ 運命の番とは、魂が惹かれ合う二人の事。 何の違和感もなく受け入れ合うのが、周囲すらもそれを認めざるを得ないのが、きっと自然な形なんだろう。 だったら、俺と綾木も・・・ 「つか茜、お前5日も俺を無視するってどゆこと?それに誰だよソイツ」 えれふぁんを抱き締めたままの葵に睨まれ、咄嗟に姿勢を正す俺。 「いや、あの、発情期だったし・・・気付かなくて。ごめん。 あっ、こちらはハウスキーパーの綾木。高校一緒だったの覚えてないか?」 「あやきぃ~?・・・そういやαでそんな奴いたな」 俺の少し後ろに立つ綾木を値踏みするような葵の目線。 「・・・・・・・・・あっ!思い出した!確か、茜が倒れたとき運んでくれたよな?」 え? 「あー、・・・うん」 ありがとな、と途端に笑顔になる葵に、綾木は どーも、と返す。 「そう、だったのか?」 「・・・まあ。茜の正体に気付いたのもその時」 「すっげぇ速さで茜に駆け寄って肩に担いで講堂出てったんだよな、綾木」 「そう、だったのか」 初めてのヒートで倒れた俺を、保健室まで運んでくれたのは綾木だったんだ。よりにもよって、αの綾木がヒートのΩを。 「安心しろ!誓って襲ったりしてないから!そん時は!」 必死に否定する綾木がかわいい。 今となっては、その時に襲って欲しかったくらいだけれど。 「そん時は、って。だったらどの時に襲ったんだよ」 「「えっ!?」」 鋭い葵のツッコミに焦る綾木と俺。 これは・・・さっきセバスに綾木と恋仲だと言わなかった失敗を取り返すチャンスなのでは。 「お、俺のっ、発情期に襲ってもらったんだ!その・・・綾木から好き、って。俺も、好きだからっ!」 言った。言ってしまった。 なあ綾木、これが正解? 振り返り、斜め後ろに立つ綾木を見上げる。 綾木は俺を見て、少し赤くなった顔で微笑んでいた。が、その微笑みが力無いものにも見えて。 俺はますます綾木の気持ちが読めなくなった。 けれど 「茜の、恋人になってもいいかな?俺」 照れくさそうにそう言う彼に、自分の気持ちが先走った俺は 「も、もちろん!」 と綾木より赤くなった顔を伏せる。 「ふぅ~ん。いんじゃね?茜、30になってβだなんだって訳わかんねぇ事言い出したなと思ってたら、頭ん中に花咲いてただけかよ。心配して損した」 おい、今その話はやめろ。そもそも言い出しっぺは葵だったのに、心配の欠片すら無い言い草だっただろう。 立ち話もなんだし・・・と、えれふぁんが焙じ茶を淹れてくれて、ソファに腰を下ろす。 意外にも渋いウェルカムドリンクのチョイスに一瞬戸惑いながらも、ここへ呼ばれた理由を葵に尋ねると 「豪の年齢も考えて、すぐにでも籍入れたいんだけどさぁ」 「ごう?」 「あ、僕の本名ね」 ごう!えれふぁんの本名は豪!顔に似合わずなんと男らしい名前。 「父さん達が、来週帰国するからまず会わせろ、つっててさ。茜も長いこと顔見てねーから一緒に実家連れて来いって」 「なんだ、そんな事か。電話で十分だっただろう」 「ま、なんだ、ガキだった俺のせいで、なんか勘違い?させちゃってたみてーだし、謝りたかったしな」 葵が俺に謝る、だと!? 信じられない・・・。 「ホラ、今俺ハッピー過ぎんじゃん?だから見せつけてやろーか、ってな!はははっ」 「あん♡もー葵ってば~♡ 人前はダメだって言ってるだろ~♡」 イチャつく30男と37歳男性を直視できない綾木と俺。 結局、番とのラブラブを見せつけたいだけじゃないか。 でも俺も綾木と番になれたなら、ああいう事を人目もはばからずしてしまうのだろうか。 αだΩだ、などと考えずに、葵やえれふぁんの様に、綾木と愛し合える日が来るんだろうか。 実家に顔を出す日を決めて自宅へ帰ると、外出の疲れが一気に押し寄せる。 腹が減ったな。そう言えば綾木が夕食の準備をしてくれてたんだっけ・・・ もう遅いから、と自分から綾木と玄関先で別れたが、いざ独りになると無性に顔を見たくなる。 それもそのはず。俺たちは、恋人、になったんだから。 嬉しい、し、何だか恥ずかしい。初めて好きになった相手と相思相愛になれるだなんて、何だか夢みたいじゃないか? 『女とするのが普通の恋とは限らない』 綾木が言っていた。その通りだと今は思う。 綾木も同じように、俺の顔を見たい、と思ってくれていたらいいのになぁ。 閉じた玄関ドアを内側から見つめる。が、そこを一人で出る勇気も、彼に電話を掛ける勇気も無い。 仕事だと思っていた時は、何も考えずに四六時中綾木を呼びつける事ができたのに。 ただ会いたいとき、ただ声が聞きたいとき、別れたばかりの恋人が名残惜しいとき・・・どう行動すべきかわからない。 恋愛に関するスキルを何一つ持っていない自分が情けない。 だけど、やっぱり一緒にいたいんだ。綾木と。 スマホをポケットから取り出し綾木の番号に発信する。 『どした?』 「あ・・・の、・・・夕食、済ませてない」 『作ってあるだろ。あっためて食って』 「あ・・・の、・・・・・・あっためて、くれないか?」 『はあ? レンジくらい使えるだろ?』 「うっ、いいから早く温めに来い!」 一方的に通話オフにすると、すぐに綾木がスペアキーでドアを開けて入って来る。 「・・・なんで、飯食うのに玄関にいんの?」 「えっっ!?」 しまった。リビングにいるべきだったか? これじゃまるで俺が 「あっさり『おやすみ』とか言って別れたくせに、またすぐ会いたくなった?」 バレバレだぁ~~~!!! うう、恥ずかしい。自分の気持ちを読まれるのがこんなにも羞恥な事だとは・・・! 「俺もそう思ってたから、嬉しい」 綾木が照れたように口を大きく横に広げて笑顔になって、それを見た俺は胸の真ん中が きゅうっ と絞られるような愛しさを感じる。 発情と似ているようで違う、初めての感覚。これが『恋』なのか。 その日は離れ難くて「寒いから暖かい抱き枕が欲しい」と駄々を捏ねる俺に、綾木は嬉しそうに従ってくれて、苦しいほど抱きしめ一緒に眠ってくれた。 セックス抜きで同じベッドで眠ったのは、初めてだった。幸せだと思った。運命とはこういうことだ、特別なんだ、とも。 綾木に惹かれるほどに、彼に溺れるほどに、運命に惑わされるとも知らずに。

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