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第17話 特別な何か 2

丸3日、トイレ入浴食事以外をベッドの上で過ごし、まだ違和感はあるものの体と尻の痛みもだいぶマシになった。 綾木はその間、家事をしながら時々様子を伺いに来て、その度にする ただ唇を合わせるだけのキスに何度も俺は発情してしまいそうになった。 マンションの家賃収入と両親から与えられたリゾートホテルの収入がある俺は、働かなくても金には困らない。どちらも他人を雇って管理を任せている。経営者とは名ばかりで、実質ただの引きこもりのニート。 わざわざ起き上がってする事など、ネットサーフィンかゲームくらいしかない。 が、そろそろ体を動かさなければ・・・運動不足で綾木とセックスする度に全身筋肉痛になってしまうのは嫌だ。トレーニングマシンの購入を真剣に考える。 何かいい物は無いかとスマホを起動させると 『暇なときでいいから、俺んち来い。いつでも暇だろ。早く来い』 双子の弟 葵からのメッセージがある。 いつでもいいのか良くないのか 分からないが、5日も前に受信しているメッセージ。発情期真っ最中でセックス三昧だったから全く気付かなかった。 充電だけは綾木がしてくれたんだろう。なんて気の利く恋人だろうか。 なんだか感動してしまう。 ・・・と、今は気の利く綾木に感動してる場合じゃない。 5日も葵に返事をしていないし、あいつのマンションにも行っていない。早く連絡しなければ弟に怒られてしまう! 慌てて葵に電話を掛けるが一向に出る気配が無い。 これは・・・相当怒っているに違いない・・・。 ヤバイ。昔から葵を怒らせるとろくな事にならない。 俺が虫が大嫌いなのを知っていて、クローゼットにヘラクレスオオカブトを忍ばせてきたり、モルフォ蝶の標本を鞄の中にこっそり入れられていたり。 思い出すだけで身の毛がよだつ。ああ、一刻も早く葵のマンションへ向かわなければ・・・! 「茜、起きて夕飯食える?先に風呂入っとく? ・・・どした?」 綾木が寝室のドアの隙間から顔を出し、あたふたと部屋の中を歩き回る俺に声をかけてくる。 「あああやっ、綾木っ!いまいまっ、いますぐ俺を、葵の元へ連れて行ってくれ。お願いだぁっっ!」 「お、おお」 綾木に駆け寄ると、勢いに圧された彼が曖昧な返事をする。 「こうしてはいられない。セバスに連絡しなければ・・・!」 「せばす?」 「俺と葵の運転手だ」 「運転手!? ・・・あー、そういやお前ら高校んときも送迎付きだったっけ・・・」 呆れる綾木を横目に俺は運転手のセバスに連絡を入れる。 20分後 マンション前に到着したとセバスからの電話があり、綾木と共に部屋を出る。 頭を下げたセバスがドアを開けて、俺たちは車に乗り込む。 「なんつーか・・・茜ってやっぱりお坊ちゃんなんだな」 「まあ。それしか取り柄がないからな」 「俺が連れてくって感じじゃねーな、これ」 こんな俺で、綾木はガッカリしただろうか・・・? 「茜様からの呼び出しなど、何年ぶりでございましょう。嬉しくてハンドルを握る手が震えてしまいます」 運転席に座ったセバスの声は明るい。 「相変わらず大袈裟だな、セバスは」 「懐かしゅうございますね、その呼び名も。お恥ずかしい限り」 「カッコイイって気に入ってたじゃないか」 「田中、と呼ばれるよりは箔が付きます」 ははは、と笑う俺の横で綾木も吹き出す。 「ふ、茜ってさ。ほんと・・・」 綾木の手が頬に伸びて来て、思わずドキッとしてしまう。 「ゴホンッ」 セバスの咳払いで退く綾木の手。 「失礼しました。久遠家に仕える者としてお聞き致しますが、お二人はどういったご関係で?」 どういった・・・? 運命の相手だと、言ってもいいのだろうか。 あれだけ懇願しても番にしてくれなかった綾木を、恋仲だと言い切っても? 僅かな不安が口を重くさせる。 チラリと綾木を盗み見ると、気難しそうな表情をしているようにも見える。 「高校時代の同級生で、今はウチでハウスキーパーをしてくれている綾木だ」 今はまだ、無難に答えた方がいいのかもしれない。 「左様でしたか。綾木様、今後とも茜様をよろしくお願い致します」 「・・・はい」 取り繕ったような笑顔で返事をする綾木。 んん?なんか微妙な空気? 俺は間違えたのか?恋人として紹介するのが正解だったか? わからない。好きな人の表情から心ひとつ読み取れない。俺にとって恋愛とは非常に難しいものなのだ。 葵のマンションに着くまでの間、気まずい空気を察したセバスはやたらと雄弁だった。 葵の番は美人だ、とか、自分の息子が俺の両親の元で働いている、とか。 だけど、そんなことはどうでもよくて。 すまないセバス、気遣ってくれたのに。俺は綾木のことで頭がいっぱいなんだ・・・ 葵の部屋を訪れて、俺は驚愕する。 「あ、葵・・・、まさか運命の番って」 弟と共に出迎えてくれたのは、幾度となくモニターの中で観た彼女。いや、彼。 ウィッグも着けていないし、メイクもしていない。けれど俺にはわかる。 「えれふぁ・・・」 「あー、その名前で呼ばないでくれる?僕もう葵だけのものだからさ」 えれふぁんちゃん・・・! 「キミ、僕のファンだったの?ごめんね、みんなのえれふぁんはもう卒業したんだ」 そう言ってえれふぁんは葵の首に手を回し抱きつく。 俺たちに背を向けたえれふぁんの項に、くっきりと残る噛み痕。 抱きつくえれふぁんの項を愛おしそうに撫でる葵。 そうか・・・、そうだったのか。

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