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第16話 特別な何か 1
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およそ1週間の発情期が終わる頃。
綾木の触れ方、舌の這わせ方、変態くさい腰の動きに息遣い・・・
彼に愛される、という事を身を持って知ってしまった。
俺は綾木に夢中になっていた。
それなのに・・・
「なぜだ、なぜ番にしてくれない~!」
こんなに抱き合ってるのに、心も体も溺れ満たし合ったのに・・・!
「こんなに好きになったのに。責任を取れ責任を!」
シーツを大きな蛇腹折りにして軽く丸め 洗濯機に入れている綾木の背中に張り付く、が
「茜の発情期が終わっても、同じセリフが言えたらな」
綾木はその一点張りだ。
「発情期はもう終わるんだ。ヒートの時に噛んでくれなければ意味が無いだろ」
そう、意味が無い。αのラット化はΩのヒートでしか誘発出来ないし、その条件下で項を噛まなければ番として成立しない。
それに俺は、本当に綾木の子を孕んでもいいと思うほどにお前を好きになってしまった。そもそもヒート時でなければ妊娠の可能性は無い。
子を身篭るなら、できるだけ若いうちの方が俺はいい。
「ダメ。噛まない。今はまだ」
「綾木のアホ!意気地無し!本当は俺など好きではないんだろう!?」
「あのなぁ。俺は、大事にしたいの。勢いだけで茜を・・・」
何が「大事にしたい」だ!項以外には飽きるほど吸い付いたり噛み付いたりしたくせに!
「バカバカ!綾木なんか大嫌いだ!」
「・・・言ってることとやってることのバランスとれてねーぞ」
綾木の背後から抱きつく俺は、口では嫌いと言いながらも彼から離れることが出来ない。
勢いだけじゃない。俺たちは結ばれるのが決まっている仲なんだ。
早かれ遅かれ、番になって然るべき。だったら早い方がいいに決まっている。
「あやき・・・、しよう」
「さっきヤッたばっかだろ」
「もう1回だけ。だめ・・・か?」
はあ、と溜息を吐いて振り返る綾木の瞳はギラギラとしている。
「茜に煽られて我慢出来るわけ無い。責任取れよな」
綾木に乱暴に唇を奪われ、力任せに壁に押し付けられる。
呼吸が止まるほどの衝撃で思わず目を瞑ると、その隙に片脚を持ち上げられ、オーバーサイズのカーディガンを羽織っただけの俺は、何の予告も無く猛獣に下から突き上げられた。
「あぅっ、う・・・っ、あぁ──・・・」
「中、スッゲェ事んなってる。上手にドライでイけるようになったな」
つま先立ちの片脚は震え、体を支えるどころではない。
きゅんきゅん と腹の奥が疼く。射精とは全く違うオーガズム。間隔をあけずに次の絶頂が体の中で弾ける。何度も。
気持ちいい、気持ちいい・・・
のも束の間、続けざまの絶頂が苦痛を伴った快感へと変わる。
「やあっ、も・・・ だめぇ、だめっ、止まっ・・・てっ」
これ以上イッたら死んでしまう!
身を捩り逃げようとしたが、壁に背中を押し付けられたまま両脚を抱え上げられ、身動きが取れない状態の俺は綾木に執拗なまでに責められて、顔もあそこもぐちゃぐちゃにして我を忘れて悦がる。
ああ、さっきもこうやって、ワケがわからなくなるまで乱れて・・・もうたくさんだと思っていたはずなのに。それなのに凝りもせず綾木をまた求めて。
まるで中毒症状だ。名付けるなら、『綾木が欲しくて堪らない病』だ。
あんなに忌み嫌っていたΩ性が、憧れを抱いていても程遠かった恋愛が、あまりにも自然に今ここにある。
それは、綾木のおかげだ。綾木に再会したことは、やはり運命。
本当の俺をもっと暴いて欲しい。綾木なら、綾木となら俺は・・・
発情期が終わり、すっかり性欲も減退した頃。
続いたヒートでずっと興奮状態だった体が落ち着くと同時にギシギシと軋み、俺は尋常ではない尻の痛みに悶え苦しむ。
「ホラ、ケツ出して」
「うう~、痛い~。そっとだぞ、そぉ~っと!」
「ハイハイ」
ベッドから動けない要介護の俺はうつ伏せで下着を下げると、綾木が腫れ物に触るように軟膏を塗ってくれる。
処女だったというのも忘れて、1週間昼夜セックスに溺れた結果がこれだ。情けない・・・。
「お前だって童貞だったのに・・・その、擦れすぎで、痛くはないのか?」
「あー、平気。αのはそんな繊細にできてねーから。それに、今まで茜をオカズにセルフで擦りまくってきたから鍛えられてる」
「・・・そうか」
俺で・・・。綾木はずっと、高校の時から俺を好きでいてくれてたんだもんな。
考えると恥ずかしくて嬉しくて、照れを誤魔化すように枕に顔を押し付ける。
もっと早くお前が言ってくれてたら、俺がαのフリをしていなければ、無駄に独りで引きこもったりしなかったかもしれないな・・・。そしたらもっと長くこの幸福感を味わえていたかもしれないのに。
勿体ないことをしてしまった。
「想像の茜より、だいぶ突き抜けてエロかったけど」
追い打ちでそう言われて、頭から湯気が出るほど恥ずかしくなる。
「もっと茜を好きになった。可愛過ぎて誰にもやりたく無くなった」
「そう思うなら番にしてくれても良かっただろう」
発情期が終わっても、綾木の番になりたいという気持ちは変わらない。
綾木が好きだ。
俺を好きだと言ってくれる。30の男を何度でも可愛いと言ってくれる。
運命かもしれないと体を重ねて愛されることを初めて知って、それだけで綾木を好きになってしまった俺は単純なのだろうか。
「・・・そうだな。噛めばよかった」
「もう遅い!次の発情期には必ず噛め!」
綾木は、そうだな、と言って笑った。
俯いていた俺には、綾木の表情は見えなかった。
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