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第22話 君を想う 1

―――――――――― 朝出て行く時に 「夕方までには帰る」 と言った茜は、夕方をとっくに過ぎ夜になり、朝になっても帰って来なかった。 実家の居心地がいいのかもしれない。 とは思ってみるものの、漠然と不安に襲われたりもする。 欲しくて堪らなかった茜が、セックスひとつで手に入った。それはあいつがΩで俺がαだから。 Ωは本来性欲に従順で溺れやすい性質。その扉を開いたのが、たまたま俺だっただけ。 俺以上に茜を満たす存在が現れたなら、あいつの恋人という座は簡単に奪われてしまう。 『綾木の番にして』 それができたならどんなにいいか。 11年前───── 大学2年になった俺は、望まない出逢いをした。 兄が家族に紹介したいと連れて来た美しいΩ。 彼を見た瞬間に直感した。彼と目が合ってそれは実感へと変わる。 俺の運命の番になるΩだ、と。 俺たちはお互いに惹かれ合った。言葉を交わしたわけじゃない。触れ合ったわけでもない。ただ見つめ合っただけ。 運命の相手に惹かれるのには十分な条件だった。 魂が彼を求めていると感じた。たぶん向こうも同じように。 でも 彼 侑里(ゆうり) は兄の恋人で、俺は茜が好きだった。 俺たちはお互いを運命だと口に出すことはしなかった。 それから度々兄は侑里を家へ連れて来るようになって、俺たちは挨拶程度の言葉を交わすようになった。 その度に思った。 会えなくなってしまった茜を諦めて、兄から侑里を奪ってしまいたい。 侑里の項にはまだ兄に噛まれた痕は無い。 父が厳しかった為に、兄と侑里の番の契約は籍を入れてからの約束になっていた。 傷の無い項に噛みつきたい衝動に、俺は何度も抵抗した。 侑里を前にすると、心を占めている茜の存在が削られていく。 それが苦痛でしょうがないのに、体はひたすらに侑里が欲しいと暴れ出しそうになる。 もしも侑里が目の前でヒートを起こしたとしたら、きっと誘惑に逆らうことはできない。 運命なんかいらないのに。 そんな時、抗オメガ剤をαが服用する事で一時的に発情を抑制できると耳にする。 Ωに処方されている抑制剤、抗オメガ剤、特効薬はどれもαの使用は禁止されている。 αの発情を抑制できるなんて、都市伝説まがいの噂話に過ぎなかった。抗オメガ剤は処方箋不要でドラッグストアでも簡単に手に入る。だからそんな噂が広まったのかもしれない。 俺の父は警察官僚。Ωの母も元警視庁勤め。兄は現役の刑事局捜査官。 いずれは自分も同じような道へ進まなければいけない。 法律で規制されていないにしろ、製薬会社が禁止していることに迂闊に手を出すのは危険だ。 それでも試してみる価値はある。 これ以上 侑里に無意識に惹かれてしまうのは耐えられない。 自分の中から茜が消えてしまうのは嫌だ。 実際に抗オメガ剤を服用して、発情を抑制できると身をもって知った。 侑里を前にしても今までのように体が熱くならない。それは回数を増す毎に顕著に結果として現れる。 常用するようになる頃には、侑里に対して何の反応もしなくなっていた。 けれど発情しなくなったのは俺だけで、相変わらず侑里は物欲しそうな瞳で見つめてくる。彼は必死で衝動を抑えているように見えた。 ある日、兄の不在に侑里が家に訪ねて来た。 息を荒らげ肌を紅潮させ、ボトムスの色を変えるほどに股下を濡らした侑里は、出迎えた俺に縋り付く。 「塁・・・お願いだから、俺を抱いて」 ヒートだ。 なりふり構わず玄関で服を脱ぎ捨て、侑里は俺に跨ってくる。 「わかってるんだろ!? 俺たちは運命だ。塁が・・・欲しくて堪らない。あいつが好きなのに・・・、苦しくてどうにかなりそうなんだ・・・」 俺に跨り涙を流しながら、侑里は自分の指でで後ろを ぐちゅぐちゅ と掻き回す。 運命の相手が乱れる姿。フェロモンを撒き散らし俺を求めるΩ。 妖艶で官能的で・・・けれど俺は無反応だった。 「どうして・・・っ、俺たちは運命だ。なのに・・・」 「・・・何を、してる」 物音に気付いてリビングから出てきた母が、俺たちの様子を見てすぐに状況を理解する。 母に特効薬を射たれた侑里は、俺の上に崩れ落ちた。 Ωである母はヒートの辛さを知っている。 俺たちを咎めることはなかった。 しかし、罪悪感に耐えかねた侑里が兄に打ち明け、俺は家を出ることになった。 それ以来、家族と侑里とは一度も会っていない。 兄と侑里は籍を入れて番になったらしい。孫を抱く写真を、母は時々送り付けてくる。一緒に写っている兄や侑里は幸せそうだ。 茜を想い続ける代償に、約束された将来と家族、運命の相手を俺は失った。それでも構わなかった。永遠に茜を想っていることが許されるのならそれで。 まさか茜に再会し想い合えるなんて思ってもいなかった。 ただひとつ後悔している事がある。 抗オメガ剤を常用したことで俺は、ラット化しない体になってしまった。 番の契約にはΩのヒートとαのラット化が絶対条件。 茜が好きだ。誰かと、何かと比べることができないほどに。俺にとって茜との恋が運命。だけどお前の望みは・・・俺が叶えてやることはできないんだ───

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