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第24話 君を想う 3

「・・・何つっ立ってんの、座れば?」 「え ・・・ああ」 促されソファの端に腰掛けると、綾木は少し間をあけて隣に座る。 「なんかあった?」 「えっ!?」 「顔色悪い」 綾木の手が頬に伸びて来て、何故か後ろめたい気持ちが湧いてくる。 何故か、なんてのは言い訳だ。俺は恋人以外の人に惹かれ、半裸で一晩同じベッドで眠ったのだ。抗オメガ剤を飲ませる為とはいえ、自分からキスもした。 そんなの立派な浮気行為ではないかぁぁぁ! 俺はもう、綾木に触れてもらえるような男じゃない・・・。 「綾木・・・。俺に触るとお前まで汚れてしまう」 「は? なんで?」 「・・・」 言え、ないよな。いや、こういう場合正直言った方がいいのだろうか。「実家に帰って浮気して来た」と言えばいいのか? 当然綾木は怒るだろう。だったら言わずにいた方が・・・。 ああっ、それはそれで釈然としない!後ろめたい気持ちのまま綾木とイチャイチャできる自信が無い。 どうしたものかと考えあぐね、シンプルに言ってしまうのが最善だと判断した俺は 「浮気を、した」 と告げる。 「・・・は? 実家に行ってたんじゃねーの?」 「実家にいた」 「浮気相手も一緒だったってこと?」 綾木の声がいつもより低く重い。正直に言ったのは失敗だったようだ。 うう~・・・、あんなに見たいと思っていた綾木の顔が見れない。 「一晩、同じベッドで眠った。やむを得ずキスもした。しかし、言い訳になってしまうが・・・そうせざるを得なかったというか・・・なんというか」 「・・・そっか」 以外にもあっさりとした彼の一言。 なぜ怒らないんだ。 「許して、くれるのか?」 「茜の思うようにすればいい」 俺の思うように? なぜ。 不貞を働いたのは俺の方なのに、なぜ責めもせずそんなことが言える。 「綾木は、本当は俺の事など好きではないんだ」 「何でそうなるんだよ。それは茜だろ」 「逆だ。ぜーっっっっっったい、綾木は俺を好きじゃない!」 「なわけねーだろ。じゃなきゃ恋人にしてくれなんて言うかよ!」 「それは・・・俺がΩだからっ、Ωフェロモンにあてられたお前が俺を好きだと勘違いしただけでっ」 「いい加減にしろ!!」 突然荒く大きくなる綾木の声に ビクッ と肩が上がる。 「だったら聞いてやるよ。なんでキスした」 「・・・抗、オメガ剤を、飲ませるために」 「相手はβじゃないってことだな?」 「・・・・・・αだ」 「昨日実家に行ったのは、その為か」 「違う!俺は両親に会うために・・・」 「親に会いに行って、なんでそんな事になってんだよ」 「しょうがないだろ!相手は俺の運命だったんだ!両親は俺たちが番う事を望んで・・・っ」 言ってしまってすぐに後悔が襲う。 『綾木様にも同じように、運命の相手がいらっしゃるという事』 藤の言葉が過ぎり、俺は不安に飲み込まれそうになった。 綾木にもし運命の相手が現れたら、藤のようになってしまうのか。 俺ではないΩを、本能が求めるまま掻き抱くのか。 「綾木、俺は」 運命なんかより、綾木を 「良かったじゃん」 「え?」 「茜、早く番いたいって言ってたし、運命なら発情期なんか待たなくたっていつでも番える。・・・それに俺は」 「綾木のバカ!俺が、ど・・・どんな思いでっ、・・・お前、お前がっ」 運命よりも綾木がいいと思ったのに。俺が番いたいと思ったのは、綾木なのに。 目頭が熱くなり鼻の奥が ツン と痛くなるのを堪えながらも、聞きたくなんてないと思っているのに 「お前は・・・、運命の相手が現れたら、俺を捨てるんだろう?」 女々しい自分が言葉を吐く。 こんな状況で、優しい綾木が肯定するはずが無い。 俺は狡い。『捨てない』と綾木に言わせたいのだ。 「俺に運命の相手はいない」 なんだその答えは。50点だ。 俺に聞いたじゃないか、『運命を信じるか』と。俺が、綾木がそうなのかと聞いたら、『茜が思うならそうだ』と言ったじゃないか。 「せめて『俺の運命は茜だ』くらいのクサイ台詞は言えないのか!?」 怒る俺を見て、綾木は口角を上げる。それなのに俺を見つめる瞳は哀しみを帯びたように揺れる。 「そうだな。言えばよかった」 「今からでも遅くはない。言え!そして俺を抱け!」 「俺は茜の運命じゃない。茜の望むような未来はやれないと思う」 「だから何だ!それでも好きなんだろう!? 俺は運命を拒んで綾木を選んだんだ。お前も俺を選べばいい。それだけだ!」 だから、俺が誰のものにもならないうちに、綾木が誰かのものになってしまう前に 「痕が消えてもいい。噛んでくれ」 発情期外のヒートでは、運命では無い綾木と番になれない。たとえ噛まれても、それはただの傷になってしまう。 それでもいい。綾木だけのΩになりたい。 彼の肩に両手をかけ、口付け下唇を食むようにすると はぁ と短く小さな息遣いが聞こえた。 「茜」 「ん?」 「その首輪、外してから言ってくんない?」 首輪・・・ はあっっっ!! しまった!! 鍵を持った豪さんと葵が先に帰ってしまっていたために、首輪を外してもらい損ねたんだった! くそう・・・。セバスが重々しい空気を醸し出していたから、葵のマンションへ寄ってくれと言うのを忘れていたではないか・・・。 なんという失態・・・。 「鍵は豪さんが持っているんだ。今すぐ葵のところへ」 「いいよもう、今日は」 ぎゅう と綾木に抱き締められて、オロオロと慌てる俺はそのままソファに背中を沈める。 「噛めなきゃ、茜を抱くのはナシ?」 デカイ図体のくせに、仔犬のように健気な目で見つめてくるんじゃない! 「ナシ・・・じゃ、ない」 俺だって今すぐ綾木に抱かれたいに決まっているだろう。 恋を知らなかった俺は、綾木を好きになって初めてこんな気持ちを知ったんだ。 けれどまだ俺は、綾木の全てを知らない。彼がどんな思いで俺を抱いているのかも。

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