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第26話 偽りの番 2
一旦マンションへ戻ると、俺のクローゼットから綾木が適当に選んだ服へと無理矢理着替えさせられ、不本意ながらセバスの送迎を断りディナーの予約を入れた店にキャンセルの電話をかけ、改めて彼と一緒に出掛けることになった。
「な~ぜ~だ~!何が気に入らない。俺のデートプランは完璧だったんだぞ?」
「パーティにでも行くつもりだったのかよ。俺はふっつーのカッコしてんだぞ? 釣り合わないにも程があんだろ。それに、演出がキザすぎるわ!」
「好きな奴とのデートなんだ。・・・少しでも格好付けたいと思うだろう・・・」
いい所を見せたいし、カッコイイと思われたい。周りのカップルより優越感を味わいたいし、綾木にも味わわせてやりたい、と思ったんだが。綾木は違うのか・・・?
しょぼんと項垂れる俺。
「・・・茜の気持ちは嬉しいよ、ありがと。でも今日は俺に合わせてよ。俺、あんなカッコのお前の横に並べるような服、持ってねーからさ」
そうか・・・それは考えもしていなかった。俺は綾木にいい所を見せようと必死になっていて、彼への配慮が足らなかったかもしれない。そこは反省すべき点だ。
困ったような笑顔の綾木はしゃがんで俺の両手を取り、俯いた顔を見上げてくる。
「な?」
きゅぅぅん と綾木の微笑みに胸が苦しくなる。苦しいのに甘くて、甘いのに苦しい。
「・・・うん」
としか言えないだろう。まったく、俺をどうしたいんだお前は。手懐けるのが上手すぎる。
綾木の全てに頷くように調教でもされているような気分になる。
綾木に手を引かれてマンションのエントランスホールへ降りると、丁度居合わせたコンシェルジュの男性がぺこりと頭を下げる。
「いつもありがとう」
声を掛けると
「茜様、最近はお出掛けなさっているようで・・・綾木様のご影響ですね。お似合いですよ、おふたり」
と言われ、こそばゆいような恥ずかしいような気持ちになる。
手を繋いでいれば他人から見ても恋人同士だとわかるんだな・・・。このまま外へ出れば、誰から見ても俺たちはそう見えるんだろうか。
嬉しい。傍から見れば綾木はおれのもので、俺は綾木のものなのだ。
「デートといえば水族館だろ!」
と言う綾木に連れられて電車に乗り海が見える場所にある水族館へと来た俺は、小学生の時以来に見る魚の大群に目を奪われる。
「凄い・・・」
なぜこんなに多くの魚がひとつの水槽の中で泳いでいるのにぶつからないんだ?
こんなにも分厚いのに透明度の高いこのガラスも凄い。
水槽に張り付いてあちらこちらに目を奪われる俺を見て、綾木は「ふっ」と吹き出す。
「・・・なんだ?」
どうせいい歳してガキみたいだとでも思っているんだろう。
言い訳じゃないが、本当にこんな所に来たのは子供の時以来で、少しばかりテンションが上がっているだけで。
「可愛いからずっと見てられるな~って」
「綾木は魚が好きなのか? まあ、健気に泳ぐ姿は可愛く見えないことも無いが・・・」
「は・・・?あー・・・、はは。可愛い、うん、可愛いよ」
「そこまで魚が好きだとは知らなかった」
「いや、魚はそこまで好きじゃないけど」
おかしな奴だ。好きじゃないのに「可愛い」を連呼するとは。
眉を顰める俺を、綾木は可笑しそうに見ている。
館内のレストランで軽めの昼食を摂り、イルカショーを見ていると、前のベンチに座っている女性2人が何度もチラチラと俺たちを振り返る。
フフ・・・恋人同士に見えているんだろう?綾木と俺がお似合いだと思っているんだろう?
「あの・・・」
女性の1人が綾木に声を掛ける。
「もし良かったらなんですけど・・・一緒に回れないかなぁって」
え?一緒に?デートに同行したいということか?
「すみません。デート、邪魔されたくないんで」
にっこり笑顔で返す綾木を見て、気まずそうに少し離れた席へ移動する彼女たち。
「あの言い方は冷たいぞ。彼女たちは、俺たちに同行したかっただけだろう?」
咎める俺、大きく溜息を吐く綾木。
「世間知らずもここまで来ると可愛くねーな。アレは逆ナンっつーの。下心あんの!」
ぎゃくなん・・・? 下心、って、綾木に対して?
モヤモヤとした感情が芽生える。あの女性は、綾木と一緒にいたかったから声をかけて来たのか・・・。それはやはり、こいつに何かしらの魅力を感じたからで。
詰まるところ、彼女は綾木とどうにかなりたかった、ということ。
「ふ、ふん。べべべつに、話し相手になるくらいしてやってもっ、よ、良かったんじゃないか!?」
なんて心にも無い言葉が口から出る。
綾木が俺じゃない誰かと親しくするのが嫌なくせに、心変わりでもされようものならと不安で堪らないくせに。
「いらねーよ。茜以外は。それに、お前が誰かと親しくしてるの見るのも嫌だし」
寄り掛かるように綾木の頭部が右肩に乗せられ、甘えたように手を握ってくる彼に、心音が間隔を狭め大きくなる。
「あやっ、き・・・。イルカ、じゃんぷ、するって・・・」
こんな人前でなんて大胆なヤツだ!水族館と言えば家族連れのお出かけスポットの定番なのに!
「離れろ綾木っ。大人がこんなことをしていては少年少女に悪影響・・・」
「健全な少年少女は、平日の真昼間にこんなとこいねーよ」
周りを見渡しても いたいけな少年少女の姿はどこにも見当たらない。疎らにいるのは大人達だけのようだ。良い子は今頃学校で勉学に励んでいる時間か。
モゾモゾと動き まるで指と指を編むように絡まされる綾木の長い指。
胸の辺りが ゾクリ と小さく粟立つ。そんな風に触れられたら・・・
「こんなんで感じてんの? 茜、いい匂い・・・」
「なんか、甘い匂いしねぇ?」
「これΩの・・・」
どこからともなく聞こえる囁きにドキッとする。
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