27 / 55

第27話 偽りの番 3

まずい。ここにいるαは綾木だけでは無いようだ。 Ωの匂いはきっと俺が発しているものなのだろう。綾木の指に翻弄されて、たったそれだけなのに感じてしまったから・・・ 早く興奮を逃がさなければ。 カマイルカが1頭カマイルカが2頭カマイルカが3頭・・・ イルカのプールを見つめ、無心を装う。 「なんかΩの匂いしてんだって。俺βだからわかんねぇけどさー」 「前の2人、男同士だしアヤシくない?どっちかがΩかもね」 「αの奴らもいい迷惑だよな。Ωの発情に一生振り回されるんだぜ」 「番になればいいんじゃないの?」 「それはΩにとってだろ。αは関係ねーよ。にしてもαのヤツら騒ぎ過ぎ。ったく番持ちじゃねぇΩがこんなとこ来んじゃねーよ」 後ろの席から聞こえた声が、世の中大半の真っ当な意見なのだろう。 綾木とのデートに浮かれていたけれど、今まで通り引きこもっているのが得策だったのだと思い知らされる。 「茜、ちょっとゴメンな」 グイッ とジャケットの後ろ襟が下げられ、項が露わになる。 「ちゃんと番なんで、ご心配無く」 振り向き後ろの男女に俺の項の噛み痕を見せた綾木は 「行こう」 俺の腕を掴み立ち上がり、 「えっ? あ、うん」 呆気に取られた俺を強引に引っ張って歩き出す。 「す、すいません」 「ちょっと!番なんじゃん!てかαの人カッコイイし~」 バツが悪そうにしている男と綾木に見惚れる女を横目に通り過ぎ、イルカプールの観覧席を出る。 「綾木、ちょ・・・おい、綾木って!」 大股で歩く綾木に掴まれた右腕が痛い。 「・・・っ、悪い、」 パッと離された右腕は、綾木の手の形が残ったようにジンジンする。 「俺が、発情しかけたから怒っているのか?だったら謝る。すまない」 「違う、茜は何も」 険しい表情の彼は目を合わせようとはしない。 「だとしたら何に腹を立てているんだ? αやΩがあんな風に言われるのは今に始まったことでは無いだろう?あれくらいで傷付いたのか? 案外デリケートなんだな」 「わっかんねぇかなあ!? 嫉妬だよ嫉妬!」 鈍い!と言って、今度は正面から両腕を掴んだ綾木は顔を寄せてくる。 「魚なんかより可愛いお前の匂いが、他のヤツに嗅がれんのが嫌になった!だから俺のだって見せつけてあの場から去った!いちいち言わなきゃわかんねえの!? 三十路のくせに!」 至近距離の彼の怒鳴り声が、耳に キーン と余韻を残して響く。 「み、三十路は関係無いと思うが・・・」 それにお前だって同い歳だろう。俺だけがオジサンのように言うのはやめろ。 「気を悪くしたのなら謝ると言っているだろう。せっかくのデートなんだ。そんなにカリカリするな」 至近距離であるのをいいことに、綾木に ちゅ と口付けてみる。 これで機嫌が直ってくれればいいが。と思いつつ、ただ自分がそうしたい衝動に駆られただけなんだが。 「・・・・・・・・・。はあ~~~~・・・」 綾木は頭を抱えてその場にへたり込む。 これも失敗だったか。また綾木を困らせてしまった?デートとは、恋愛とは難しい。自分が良かれと思ってした事も相手にはなかなか伝わらないものだ。 「すまない。俺は三十路のくせに、好きな男ひとり喜ばせてやる術すら知らないんだ」 綾木と目線を合わせる為しゃがみ込むと、真っ赤になったイケメン顔が視界に入る。 「・・・十分です」 紅潮した顔を隠すように綾木は膝の間で頭を下げる。その仕草が堪らなく可愛い。ひょこひょこ歩くペンギンよりも、芸達者なイルカよりもずっと。 強引なところも、少し子供っぽいところも、こうして照れているところも・・・綾木の全てが好きだ。 思えば思うほど、体が火照ってくる。 「あの・・・綾木、おれ」 こんな場所で不謹慎だろうか。今朝方まで抱き合っていたのに まだ足りないと思っている俺は、みだりがわしいだろうか。 「すっげぇ甘い匂い。我慢できなくなる」 「我慢、・・・して欲しくない」 自分でこの熱を下げるなんてもう無理なんだ。綾木に反応し、綾木だけを誘っている。だからお前がどうにかしてくれ。 閑散とした屋外エリアの隅にあるトイレの個室内。 立ったまま背中を壁に預ける俺の片脚を持ち上げ、向かい合った綾木は深く突き上げてくる。 「ぅん・・・ッ、・・・ふ、・・・ぅ」 人気が無い場所とはいえ、いつ誰が入って来てもおかしくない状況。せめて声だけは出さないようにと、拳にした手の甲を噛んで喘ぎを堪える。 本当ならばこんな不衛生な場所でセックスなどしたくないのに、綾木とこうしていられるならいっそ泥の中でもいいと思えるから不思議だ。 「茜・・・、傷になる」 口元の手を綾木に外されて 「でも、声・・・っ」 言いかけた言葉は彼の唇と舌によって吸い上げられた。 気持ち良い。綾木に与えられる何もかもが・・・ 「うっわ・・・、すっげえ匂い。これさっきのΩの・・・?」 個室の外から聞こえる声。イルカショーの会場にいたαのようだ。 「あや、」 「大丈夫だから。茜はイクのに集中して」 そんなことを言ったって、すぐそこに人がいるのに集中できるはずがないだろう!? 「あー、すげ・・・ヤバイ。 オイ!そこにいんだろ!? 出て来いよ、めちゃくちゃに犯してやっからさぁ!」 声を荒らげ、ドンドンと個室のドアを叩く。Ωフェロモンにあてられ、理性を失いかけているのか。厄介だな・・・ 突然ゆらりと視界が歪み目眩がして、俺は咄嗟に綾木にしがみつく。 ・・・なんだ? 急に体の力が抜けて・・・ 同時に腹の底が きゅんきゅん と疼き出し、挿入されたままの綾木のそれが存在感を増したような感覚がする。 「あ・・・・・・、やだ・・・、出っ」 あまりの快感に耐えきれず、 綾木の服に白濁を飛ばしてしまう。 「や・・・、この匂い・・・」 そうだ、この匂いはαの・・・。僅かなドアの隙間から漂って来るαのフェロモンに、勝手に体が反応してしまっているのだ。 「あッ、あ・・・っ、また・・・」 続け様に出る、と思った瞬間にもう溢れ出してくる。抑制剤を服用していない状態では、ラット化したαの強烈なフェロモンは凶器にも等しい。 「綾木っ、あやきぃ・・・っ、こわ・・・い」 「大丈夫だから、出なくなるまでイッて」 「チッ、相手いんのかよ。こんなとこで盛ってんな雌ネコが!」 ドンッ とドアを蹴る音がして、足音が遠ざかる。 αの残り香に反応し続ける体。それを宥められるように綾木に揺さぶられながら、俺は気付いてしまった。 何度も体を重ねているのに、・・・綾木が一度もラット化していない事に。

ともだちにシェアしよう!