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第28話 優しいは残酷 1
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水族館デートの後から茜は不機嫌だ。
ヒートが落ち着いてからずっと、俺と目も合わせようとはしない。
「なんか食いたいもんある? 茜、和食好きだよな? あっ、ほらココ、“和風レストラン”って書いてあるぞ?」
「別に。俺は なんでもいい」
夕飯に何が食べたいかと聞いてもムスッとしたまま、つれない返事。
あんな場所でヤッちゃったのがダメだった?「もう出ない」って言ってんのにしつこく突きまくったのに腹立ててんの?あっ、年甲斐も無く俺が拗ねたから?・・・それとも「番だ」と嘘をついたこと?つーかそもそも茜のデートプランを台無しにしたってのが良くなかった?
ダメだ、思い当たる節が多すぎる。
「・・・なあ、何怒ってんの?言ってくんなきゃ謝りようが無い」
「・・・・・・・・・」
何かを考えるように黙ったままの茜。
これじゃ水族館にいた時と逆じゃん~。困ったな。あー・・・、茜もこんな気持ちだったのかな。
「せっかくのデートなんだし、できればお前と仲良くしてたいんだけど。 俺が言えたアレじゃないかもだけど」
膨れっ面の頬に口付けると、少し赤くなった茜は何か言いたげに俺をじっと見詰めてくる。
「なに?」
と聞くと
「お前・・・・・・ やっぱり何でもない」
たっぷりの間を取って、この返答。
「なんでもないならそんな態度とんなよ~。地味に傷付くだろぉ~」
気まずい雰囲気を壊したくて ぎゅう っと抱きしめると、茜は「ふっ」と笑う。なのに、俺なんかよりよっぽど傷付いているみたいに見えるのはなんでだよ。
「茜が予約してた店ってどこ?」
「えっ? あー・・・それはもういいんだ。さすがにこの格好では入れないし。綾木が食べたいものでいい」
『茜』って言ったらまた怒らせるかな。どんだけ性欲強いんだってドン引かせるかもしんねぇな。
「んー、じゃあ俺がよく行ってたとこでもいい?」
湧き上がりそうなスケベ心を封印して茜の手を握ると、また少し頬を赤くして「ああ」と小さく頷く。
俺の恋人は、笑っていても怒っていても乱れていても拗ねていても、いつでも可愛い。
大通りから少し離れた路地にある店の名前が書かれた暖簾をくぐり中へ入ると
「いらっしゃいませー」
と明るい声がする。
「あっ、誰かと思えば塁じゃないか」
「こんばんわ、二人なんだけどいい?」
「いいも何も見ろよ。だーれもいないし」
「はは、相変わらず暇そー」
カウンターに10席しかない小料理屋。営んでいるのは俺の母方の伯父。趣味でやっているようなこの店は、立地も良くないし客足も悪い。来店客といえば常連のオッサンたちくらい。それも今日はいないみたいだけど。
「伯父さん、なんか適当に出して」
俺はカウンター奥の端に茜と並んで座る。
店内をキョロキョロと見回して、茜は出された茶を一口飲む。
「こんなとこでガッカリした?」
「えっ? いや、小さいが上品でいい店だな、と」
気を遣って言ってる感じはしない。良かった、と俺は胸を撫で下ろす。
「ガッカリな店とは失礼だぞ塁!これでも色々こだわってんだからな。そのカウンターだってー枚板の特注で」
「いいからそういうの。伯父さんのつまんない話長いし。 ほら茜、肉じゃが好きだろ?」
伯父さんが出してくれる料理を茜の前に並べると、やっぱり一番に箸をつけるのは肉じゃがだ。
「あ・・・、これ綾木のと同じ味」
「わかってくれた? 俺料理は伯父さんに教えてもらったからさー、ココのはもう全部俺の味だと思っていいから」
「塁のが俺と同じ味なんだろ?っとに可愛くないヤツだなー」
と言いつつ、男二人でも食べきれないほどの料理を次から次へとカウンターテーブルに出してくる何だか嬉しそうな伯父。
「塁の大事な人?」
「えっっ!?」
伯父からの唐突な質問に驚き茜はこちらを見る。
「違うの?項に薄ら痕があるからさ」
俺が噛んでもすぐに消えてしまう痕。昨夜、血が滲むほどに噛んだのに、今はもう瘡蓋すらも無く薄い赤紫を残す程度だ。
運命に出逢ってしまった茜の体が、それ以外を受け入れない、と言っているようだった。
「これは・・・その、」
項を手で覆い隠し、顔を引き攣らせる。さっきの水族館での事が尾を引いているのか、自分がΩだというのを隠したいようにも見える。
けれど
「あ、ああ!警戒した? 安心して。俺もΩだから」
と伯父は普段はワイシャツの襟で隠れている古い噛み痕を茜に見せ笑う。
「番、が・・・いらっしゃるんですか?」
「あー、はは。どこかにいるんだろうけど。だいぶ昔に捨てられちゃったからなあ」
あっけらかんと語る伯父。茜は申し訳なさそうに俯く。
「こう言っちゃなんだけど、捨ててくれて良かったって思ってるよ。好きでもない奴だったし、若気の至りで発情期に盛り上がって噛まれただけだから」
「・・・・・・寂しくは、ないですか?」
「多少はね。でもところ構わずヒート起こすことも無くなったし楽だよ。それに俺は意外とモテるんだよ?言い寄ってくる連中をあしらうので忙しいんだから」
伯父の言葉に嘘はないと思う。甥の俺から見ても、60を過ぎてもなお美しいと思わせる若さと色気があるし、「Ωは歳を取らない」という都市伝説を地で生きてるような人だ。
「伯父さんの歳でヒート起こしても、誰も相手にしてくんないだろ。見苦しい姿見せなくて良かったじゃん」
「お前ねえ~、ほんっと可愛くないな!番になれないΩは一生自分の性欲と戦ってかなきゃいけないんだぞ。噛まれないより、噛まれて捨てられた方が老後は平和に暮らせんの!あー俺は平和に生きれて幸せだなあ!」
ははは、と伯父はわざとらしいほどに大きな声で笑い厨房の奥へ入って行く。
茜と二人きりになった店内は しん と静まり返り、何故か重い空気が漂う。
「綾木」
沈黙を先に破ったのは茜。
「俺は・・・、老後は平和に生きれないのだろうか」
「・・・へ?」
「聞き方が悪かったな。・・・綾木がラット化しないのは、俺に魅力が足りないからか?」
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