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第30話 奪われたΩ 1
タクシーで久遠家へ向かうと、閉ざされた門の前で葵と豪さんに鉢会う。
「綾木。茜を追いかけて来たのか。残念だけど俺達も入れてもらえねんだよなぁ」
ボトムスのポケットに両手を突っ込んで、鉄製の格子になった門扉に寄り掛かる葵。
「は?なんで・・・」
「オヤジ達は帰ってきてないみたいだし、茜以外は誰も入れるなって藤の命令らしい。ま、オヤジが藤の好きなようにしていいって言ったみてーだから、オヤジの命令でもあんだけど」
そんな・・・。
「茜はもう中に?」
「ああ。茜を送り届けたって田中から連絡が来たから、多分もう中にいる」
半ば投げやりになっている茜の様子が心配になった田中さんが葵に連絡をしてきたらしいが、駆けつけた葵たちでさえ家に入れて貰えないのにどうしたらいいんだよ。
「・・・しょうがない。犯罪者にはなりたくないけど、緊急事態だしね」
うーん、と考え込んだ後に「こっち」と言って、豪さんは久遠家をぐるりと囲む塀に沿って歩き出す。
葵と俺は顔を見合わせ、わけもわからないままにその後を追う。
高台にポツンと建っている久遠家の裏手は、塀の外は なだらかな斜面の雑木林だ。その中で一本だけ塀に寄り添うように立つ小さな松の木。
足を止めた豪さんは、その木によじ登る。
「豪ちゃん何やってんの!? 危ないって!」
葵が慌てて豪さんの足首を掴む。
「平気だよ、木登りは得意だからさ。二人もついてきて。αなら簡単でしょ」
葵の手を振りほどき、木を伝って塀に登った豪さんは あっという間に姿が見えなくなる。
「なにやってんの早く!」
壁の向こうの彼に言われるがまま、葵と俺も同じように塀を乗り越える。
広い芝生の庭の端、植木の影から家の方を見ると、1階はどの部屋も明かりが点いている。が、2階は見える限りではひと部屋だけのようだ。
「オヤジ達が帰ってないから、今居る使用人は藤も入れて3、4人てとこか」
「どうにかして中に入れないかな?」
「中から行ってもまた部屋の前に見張りつけられてたんじゃ追い返される。2階のテラスに登るしか・・・」
「あっ、そういえば裏の物置小屋にハシゴが置いてあったよ!あそこは鍵無かったはずだよね?」
「・・・豪ちゃん、なんでそんなことまで知ってんの?」
「将来 葵のものになる家なんだから、俺のものでもあるじゃん。ある程度の事は把握しておかないと♡」
握った手を顎にあて、ウフ♡ とぶりっ子顔の豪さんに、葵は「なるほど」と感心している。
緊張感があるんだか無いんだかわからない2人の会話。
なるべく物音を立てないよう家の中から気付かれないように庭を移動し、無事にハシゴを使い2階のテラスに到着した俺たち。
「俺が行ってもいいかな?」
葵たちはここにいてくれ と言うと、
「なーんか、王子様みたいじゃん?」
「茜が姫とかありえねぇけど、ま、囚われてんのは確かだしな。俺たちがここまでしてやったんだからフラれんなよ王子~」
2人はテラスの隅にあるベンチに座りヒラヒラと手を振る。
きっと俺ひとりだったら、この歳になってこんな馬鹿げた事はできなかった。
葵と豪さんに門の前で会えていなかったら、ここまで来れていなかった。
茜にとって俺は運命じゃない。
だけど、俺にとってはやっぱり茜がそうなんだ。
テラスに直結している3部屋のうちのひとつ、真ん中の明かりが点いた部屋は外側の壁一面が白の格子状の窓になっていた。天井から吊るされたカーテンが開きっぱなしになっていて中の様子がハッキリと見える。
テラスが広いため距離はあるが、葵たちからも部屋の様子は遠目に見えているはず。
向かい合って立つ身長差のある男2人。茜と、藤とかいう男だ。
茜の手を取り、自分の口元へ持って行く藤。
たったそれだけなのに、喉の奥がヒリついて腹の中が焼けるように熱くて気分が悪い。
ほんの1時間ほど前に茜に「行けよ」と言ったのが自分だと信じたくないほどの嫉妬。
以前『浮気した』と茜が言った時 茜の胸元にあった歯形は、あいつがつけたものだと本人を目の前にして今更胸クソが悪くなってくる。
「茜!!」
明かりの点いた部屋の窓の一部、同じ格子のデザインになった引き戸を開けようとしたが、当然内側からロックされていて開かない。
物音に気付いた中の2人が同時にこちらを見る。
「綾木!? 俺を追って来てくれたのか!? それより何故そんな所から? 待ってろ、今開ける」
藤の手からすり抜けた茜が窓の方へと近付いて来る。
触れていた運命を背にして、俺に向かってくる姿にどうしようもない愛おしさが込み上げる。
「いけません、茜様。私と番う覚悟でここへ来たんでしょう?」
解錠しようと伸ばした茜の手が藤に捕まる。俺の目前、ガラス張りの格子の向こうで、茜は背後から藤に拘束されるかのように抱き締められた。
「ち・・・が、ぅ、俺はっ、正式に断ろうと・・・っ」
「私にこうされただけで、震えるくらい体が喜んでいるのに?」
「いやだっ、違う・・・」
ブンブン と頭を横に振っても、愉悦を含んだ茜の切なげな表情が藤の言葉を肯定している。
「下はもう反応してるはずですよね」
「・・・っ見る、な あやき」
見るなと言われても無意識に視線が下がってしまう。大きくはない茜のそれは、ボトムス越しでは屹立しているのがわかりにくい。けれど先端に小さな染みを作っているのが、感じている何よりの証拠だった。
「因みに窓を割ってロック解除、なんて考えない方が賢明ですよ。この距離でガラスが飛び散れば、茜様がお怪我をされるのは避けられません」
「は、脅してるつもりかよ」
「いいえ。想定した事実を言ったまでです」
茜に怪我なんてさせられるわけが無い。俺を脅すのには十分な想定だよ、クソ執事。
ネクタイを外し、茜の両手を後ろで縛る藤。
「ちょうどいい機会です。茜様が誰のものなのか、その目にしっかりと焼き付けておいてください」
「やめろっ、藤・・・っ」
嫌がる茜の顎を掴み自分の方へと振り向かせ、藤は無理矢理にも唇を重ねる。
「ぅ・・・、んッ」
藤のαフェロモンに飲まれているのか、茜の瞳が虚ろに潤んでいる。
くそ・・・ここまで来て、すぐそこに茜がいるのに・・・俺はこのまま何も出来ないままなのか。
握り締めた拳の中で痛いほどに爪がくい込む。
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