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第33話 藤の章 2
莉央はそれを否定しました。
ですが、私にはわかりました。『とうり』と呼ばれるその子供が自分の子であると。
古い写真で見た事がある自分の幼い頃の笑顔と、『とうり』の笑顔は瓜二つだったからです。
理由はわかりませんが 莉央がいなくなった時期、彼の父親が、世間的には周知のはずなのに私に「Ωの息子はいない」と言い張ったこと、それらは莉央の妊娠を隠す為だったと考えれば辻褄が合う。
莉央達がタオルミナに滞在している間にもっと接触する時間を設けたかったのですが、私の仕事が忙しくそれも叶わぬまま・・・
久遠の旦那様と奥様は、運命である茜様と私が番になる事を望んでおられました。私も運命である茜様を確かに欲しいと思った。
けれど結局 莉央への想いが断ち切れない私は、自分には番になった男がいること、子供がいるかもしれないこと、そして茜様には恋人がいらっしゃっるということを打ち明けました。
けれど旦那様は
「茜にも葵と同じように運命と添い遂げて欲しい」
と。
そこで私は、茜様と共にしたあの日、何よりも茜様のお気持ちを優先し特効薬と抗オメガ剤を茜様に渡したという豪様に相談を持ちかけたのです。
運命の相手がどれほど深く繋がり想い合うものなのか、その繋がりを超えるほどのものがあるのかを知りたかった。
「よくわかんないけど~。少なくとも僕が葵に出逢った時、茜みたいに苦しそうな顔はしなかったと思う」
豪様はそうお答えになられ
「『運命』なんて結局は遺伝子が勝手に反応し合ってるだけでしょ。それに心が伴えば素敵なことなんだろうけど、そうならないのが恋愛なんじゃないの?αとΩがみーんな運命で結ばれるようにできてるなら、β以外の人種は心なんか要らないはず」
と仰いました。
「僕は葵と番になれて幸せだよ。心も体も葵が必要。でも体はいつかは衰えて朽ちる。その時に心がなきゃ、本当に運命なんて言えるのかなぁ?藤くんや茜は、誰の心が欲しいんだろうね?」
心・・・。
私は茜様のお心まで欲しいとは思っていないことに気付かされました。
豪様に自分の過去を話し、莉央とその息子のことも打ち明けました。
「茜と藤くん、ふたりともが運命よりも大切なものを選べるなら、お義父様を納得させれないかな?」
そこからは豪様が旦那様に交渉してくださり、
「茜の恋人に対する想いが運命を凌ぐものならば」
とのお返事を頂くまでに。
しかし、それを茜様に告げることは許されませんでした。
旦那様は、あくまでも茜様の真実のお気持ち、運命を捨て綾木様をお選びになるご覚悟があるかどうかを知りたい、と。
綾木様をここへ導いて頂くよう豪様にお願いしたのは、私のわがままです。
もし茜様が運命を拒んで綾木様をお選びになった時、同じ様に綾木様にもそのご覚悟が無ければ意味がありません。
おふたりのご様子を見て、私の憂慮は無駄だと感じました。
********
「そうか・・・。それで、藤。お前はその番と?」
「そうなれれば良いと思ってはいますが、莉央の事情は何一つ分からないままです。それを確かめないことにはどうしようもありません」
番のことを話す藤の瞳は、俺に向けるそれとは明らかに違うような気がする。恋焦がれ、求め、そして愛おしむような・・・。
そんな藤が何だか可愛らしく見えてくるのは、やはり遺伝子が反応しているからなのだろうか。
綾木を想う程ではないにしろ、運命の相手である藤に対しては特別な感情があるようだ。親兄弟とは違うけれど、自分の半身のような愛おしさを感じる。
「綾木」
「ハイハイ」
ティーカップを手にした綾木が、俺の口元へと持ってくる。こくん と一口飲むと、綾木はソーサーの上へとカップを戻す。
「ところで綾木。・・・何故俺の手はこのままなんだ?」
もう解いてくれてもいいはずなのに、俺は藤の話を聞いている間もずっと後ろ手に拘束されたままだ。
「また暴れられたら困るからな。暫く大人しくしてろ」
にっこり笑顔の綾木。
別にもう、暴れる理由は無いのだが・・・。
おおかた藤と俺のキスにヤキモチを妬いての仕置きのつもりなのだろう。
まったく、つい数時間前は しおらしかったと思えばこれだ。少しは綾木にもαらしい強引さが出てきたか?
そんなことより
「莉央とは連絡が取れるのか?」
「携帯は繋がるのですが、所在がわからぬゆえ現在は彼らの居所を調査している段階です。ホテルの顧客リストには日本の住所が記載されていましたが、海外を点々と渡り歩いているようでなかなか捕まらず・・・」
藤が莉央とやり直したいと言うのなら、俺もできる限りのことはしてやりたい。
「なにか、俺にできることは無いか?」
「縛られたままの茜様では説得力に欠けますが」
「お前が縛るからだろう! 綾木も解いてくれないし」
意地が悪いのはαの特徴なのかもしれない。きっと此奴らは俺を虐めて楽しんでいるのだ。趣味の悪いヤツらだ。
「フフッ、失礼しました。・・・莉央のことは、茜様のお手を煩わせる訳にはいきません。それに、自分でどうにかしたいとの思いもありますので」
藤がそういうのなら、俺が出る幕は無さそうだな。出たところで何の役にも立たないのがオチだろうが。
「下で夕食の用意をさせております。葵様と豪様は既に隣のお部屋から中に入られておりますので、茜様と綾木様も・・・」
「いや、俺たちは遠慮しておく。帰って綾木と話がしたい」
「かしこまりました。すぐにお車をご用意致します」
藤が部屋から出て行く。
「なんか、藤くんにすっげえ嵌められちゃったなー。道理でこんな外から目立つ上に丸見えな部屋にいたワケだ。隣の部屋からすんなり入れたってのも間抜けな話だし」
面白くない、と綾木は頬を膨らませる。
「俺が藤と番になった方が面白かったか?」
と聞くと
「はあ!? それが嫌だから追っかけて来たんだろ!バカ。茜以外のヤツに振り回されたのが面白くないつったの!」
本日二度目の『バカ』・・・。うう、解せぬ。俺は綾木と番になれなくても一緒にいたいと思うほど好きなのに。
綾木は俺を好きだと言ったり突き放したり怒ったり、訳が分からないな。
「綾木だけじゃなく葵も振り回されてるぞ。それに、こんなことくらいでお前といれるなら俺は・・・」
「俺だってそう思うよ。でも嫉妬は別!茜に対しては、カッコつけててもホントは全然余裕なんかねぇんだからな。そのくらいわかってろよ!」
あーもう!と綾木は頭を抱える。
三十路のくせに、はこっちのセリフだ。
「綾木、帰ろう」
三十路のくせにαのくせに俺なんかのことで必死になって困って余裕の無いお前を、早く安心させてやりたいんだ。
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