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第41話 euphoria 1
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藤が番と一緒になると言って父の元を離れて数ヶ月。
俺と綾木を取り巻く環境も随分変わってしまった。
今まで藤が管理していた一部のリゾート事業は全て葵に任され、父と母にはセバスが同行することになり・・・
それに伴い、俺は国内でのセレブリティ関連の祝賀会や食事会・・・久遠家の顔として主にパーティに出席する役目になってしまっていた。
Ωで引きこもりの俺は、ずっとそれを葵に任せっきりにしていたのだが、さすがにそうも行かなくなり。
父からは「番になれなくともαを連れていれば心強いだろう」と言われ、パートナー兼護衛として綾木も一緒に出席することを許されている。
が・・・
皆 口を揃えて言うのがこれだ。
『番の契約はまだなのですか』
俺だってできることならしたい!番になれなくても綾木を選んで一緒にいると決めたのは自分自身だ。
でも外の世界に出て初めてわかることもある。
それは『羨望』という感情。
項に消えない噛み痕があるΩ。愛おしそうに子を抱く親、・・・家族。
世の中は不公平だ。
運命の相手だった藤はこれまで築いて来たものと引き換えに、愛する人と更には愛の結晶まで手に入れたというのに。
俺は富や財産を捨てても、綾木のものだと証明することすらもできないのだ・・・。
「茜、どした? 酔った?」
パーティの最中 俯いた俺の顔を、なーんにも考えてなさそうな綾木のイケメン顔が覗き込んでくる。
「やい綾木! いくら俺がお前が大好きでハマりすぎてて抜け出せないほどラブきゅんだからってなぁ、浮かれてるんじゃないぞっ、この色男がぁ!」
「イヤ、浮かれてるつもりは無いけど・・・茜がそこまで想ってくれてるんだったらせっかくだし浮かれてみようかな」
こちらが文句を言っているのに、デレッ と惚気け顔になる彼もなかなかに可愛い。
うーん、綾木が言う通り俺は少し飲み過ぎたのかもしれない。
「やい綾木。わかっているのか・・・俺はお前と」
番になりたい。お前との子供が欲しい。
相手が誰でもいいなんて思わない。綾木だからこそ思う。
けれど それは決して叶わない願いで、口に出してしまえば綾木を傷付けてしまう願いだ。
なんで俺はΩなんだろう。本能で愛しい男とのその先を望んでしまう。もしも俺がβだったら、綾木の傍にいれるだけで満足していたのだろうか。それだけで満足できなくなっているΩの俺は、欲深くて浅ましい。
しかし、酔っていようが意識が朦朧としていようが、綾木を傷付けることは絶対にしたくない。
「早く帰って、俺はお前といちゃいちゃしたい」
本音はぐっと飲み込んで、別の本音を口にする。それくらいは許されるだろう?
「うん。俺も」
綾木の笑顔の裏にはきっと、俺なんかよりもよっぽど悩みあぐねた本音が隠されているはずだ。
俺たちはお互いそれに触れないようにしている。
それが最善だと考えている・・・
「先生!綾木はどうなんですか!?」
Ωに義務付けられた半年に一度の定期検診の日、マンションへと回診に来てくれている主治医に俺は詰め寄る。
「どうって・・・僕は内科医だし、専門の研究はΩの発情だからねぇ。茜くんのパートナーだから特別にαの綾木くんも診てはいるけど、はっきりしたことはわからないよ」
幼い頃から俺を診てくれている主治医の鈴木医師は、接近した俺をやんわり押し返す。
「Ωの発情コントロールや不妊治療は研究が進んでいるけど、αについては日本じゃ専門医もいないし、綾木くんのような症例が他に無いのが現状だしねぇ」
「・・・そうですか」
やはり諦めきれない俺は可能性があるのならそれに賭けてみたい。前回の俺の定期検診時、「簡単な健康診断だ」と綾木に嘘をついて鈴木医師に彼の採血と問診をしてもらっていた。
「ただ、綾木くんは健康面では何の問題も無いし、射精が無い訳でもない。αとして足りていないのは、ラット化に必要なドーパミンの分泌量、ノットの機能と精液の量だと考えられる。精神的なものが要因、と みるのが今の医学では一般的だろう」
「精神的・・・?綾木が服用ていたΩの発情抑制剤のせいではないんですか?」
「海外ではΩ抑制剤で生殖機能が失われた症例もあるみたいだが、どの患者も数年から数十年の長期間常用が確認されている。綾木くんの場合は一年にも満たないし、中毒性もみられなかったようだし・・・」
専門外だから何とも言えないが、と主治医は続ける。
「案外、なにかきっかけがあってタガさえ外れてしまえばラット化するんじゃないかと。まあこれは医者の言葉としては信用性に欠けるし、僕の独り言だとでも思ってくれ」
「タガ・・・。例えばですが、どんな? これは患者としてでは無く、先生の友人としてお聞きしています」
「友人ってねぇ。付き合いは長いけど、茜くんとは30近くも年齢差があるのに。・・・まあ、例えばだけど、理性が効かなくなる状況であれば可能性はあるんじゃないかなぁ。生命の危機や高い興奮状態。そうだねぇ・・・酩酊状態なんかであれば、あるいは」
ドーパミン分泌量が低い綾木を興奮状態にするのは難しそうだ。かと言って命の危機に晒すのはもってのほか。とすれば酩酊状態にしてしまうのが一番手っ取り早い。
そういえば綾木は酒を殆ど飲まないし、あいつの酔っ払った姿を見たことは一度も無い。
「ありがとうございます、先生。希望が見えてきました」
「あまり思い詰めないようにね。友人として、応援はしているけれど。それじゃまた6ヶ月後に」
鈴木医師は優しく微笑み部屋を出て行く。
フフ、綾木よ・・・。次の発情期、俺はベロベロに酔ったお前に抱かれてやる。覚悟していろ。
思う存分、タガとやらを外すがいい!
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