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「俺がいるのに……」  低くそう呟いた大北が橘を刺し貫くように睨みつけ、ヒステリックに叫んだ。 「俺がいるのに何であんな奴とヤってんだよ!?」 「な、成海……?」  初めて大北から向けられた怒りに満ちた視線に、橘は戸惑いながら大北の名前を呼んで様子を窺う。しかし、大北はその呼び掛けには反応せず、さらに身を乗り出して橘へと詰め寄った。 「あいつが誘惑したんだろ!? そうなんだろ!?」 「おい……!」 「絶対許さねえ。俺の健吾を誑かすとか、絶対殺す、殺してやる!」 「成海落ち着け!」  尋常ではない大北の様子に、慌てて橘がヒートアップする大北の肩を掴んで揺するが、その口から吐かれる言葉は止まらない。 「あんな奴苦しんで死ねばいい。監獄に死ぬまで閉じ込てやる。飯も食わさない。そうだ、毎晩Aクラスの奴らに犯しにいかせよう。どうせ淫乱なんだろ、それがいい」  大北は憎悪に塗れた言葉を吐き出すと、糸が切れたようにがくりと首を前に倒して、はは、と鼻にかかった笑い声を発した。そして、ゆっくりと橘の方へ顔を上げた大北は、見た者を震え上がらせる狂った笑みを浮かべて、静かな声で呟く。 「いつぐらいに死ぬかな? 雉学祭までには死ぬよね?」  確かに橘を見ているはずなのに、その目には橘はおろか、何も映していない。呟かれた言葉も、恐らく誰に訊いているわけでもない。  体が竦み上がるほどの狂気に呑み込まれた部屋で、橘はそれでも何とか目の前の狂人を正気に戻すべく声をかけようとする。 「な、成海、あのな……」 「ねえ、健吾」  橘の言葉を遮った大北の虚ろな目が、一瞬だけ橘を映した。 「健吾は俺の、俺だけのものなんだからね」  無機質な声でそう言った大北は、ふらり、と部屋を出ていった。  一人取り残された橘は、今しがた起こった出来事がまだ理解しきれず、暫し呆然とする。大北の自分に対する執着が、まさかこれほどのものとは微塵も思わなかったのだ。  落ち着くために深呼吸をすれば、狂気に侵されて澱んだ部屋の空気が体内に入り込み、橘は思わず噎せたように何度か咳払いをした。その動きでキャパオーバーだった脳が処理を再開したのか、今の状況を整理したものが橘の頭の中に広がっていく。  藤原が、危ない。  考えるよりも早く、体が動いていた。半ば壊す勢いで玄関ドアを開けて廊下へ出れば、大北は足元は覚束無いものの、既にエレベーターの部屋の近くまで歩を進めていた。出遅れた分を取り返そうと、自分が出せるべき最速のスピードで、橘は大北の後を追う。  大北がその部屋へと入り、ドアが開いたエレベーターにまさに乗り込まんとした瞬間、橘が限界まで伸ばした手が、その腕をがっちりと掴んだ。 「行かせない……っ!」  ぐい、と力任せに引っ張ったことで、橘よりは低いとはいえ、高校生男子の平均身長を優に越えている長身の大北の体が、橘へとぶつかり二人まとめて床へと倒れ込む。 「っ邪魔すんなよ!」  背後にいる橘へと悲鳴にも似た叫びをぶつけると、大北は体を起こしながら、橘の拘束から逃れようと掴まれた腕を滅茶苦茶に振り回した。遅れて体を起こした橘が、大北の腕を掴む手に力を込めつつ、大北の首の側面部分を空いている手で打つ。 「──っ」  今まで暴れていた大北の動きがピタリと止まり、力の抜けた体が橘へと倒れ込んできた。橘はすかさず後ろから大北の体を固定し、脈を取って問題のないことを確認する。  間一髪だった。この腕を握れていなければ、藤原はどうなっていたか分からない。 「……もう、藤原に手出しはさせない」  誓いのようにも聞こえる言葉を溢しながら、橘は大北の体を抱えて部屋へと戻った。

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