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神弥は二人の反応に安堵したように息を吐き、花咲たちの後ろにある部屋の隣の、一番端の部屋の窓へと手を伸ばした。他の部屋に付いている鉄格子が、藤原が先程閉じ込められていた部屋と同じようにそこには存在せず、辛うじて鉄格子が填まっていたであろう穴だけがぽっかりと開いている。
「何してるんだ」
突然の神弥の行動を不審に思ったのか、神沢が声をかけると、神弥は神沢を見ることなく口を動かした。
「花咲は兎も角、教師のあんたまで聖を探しにきたってことは、ここにいる必要はないってことだろ?」
「あ、ああ。理事長からは監獄に入れるようには言われてない」
「聖は騙されてここに連れてこられたから、持ってきた荷物一式が部屋ん中に置きっぱなしなんだよ」
そう言いながら、神弥は窓を開けて軽々とその窓から部屋の中へと入っていった。少しして、窓から突然バッグが廊下へと落とされ、続いて神弥が再び姿を現した。
「のんびりしすぎたな。早いとこ、ここから離れるぞ」
重力を感じさせない静かな着地音で廊下へと飛び降りた神弥が、廊下へと落としたバッグを肩に掛け花咲たちに告げた瞬間、その切れ長の目が突然恐ろしいほどの憎しみの炎を宿した。
神弥の視線は、花咲たちのさらに向こう側へと向いている。花咲と神沢が同時にそちらへと目を向けると、文字通り『無』を引っ提げて此方へ向かってくる大北と、その大北を追いかけるようにエレベーターのある部屋から出てきた橘がいた。
大北へと追い付いた橘が、ふと花咲たちの方へと視線を向け、神弥の姿を捉えた。
「藤原……!?」
驚いたような、しかし嬉しそうな顔で大北を放って駆け寄ってくる橘。花咲と神沢は、初めて見る感情を表に出している橘の姿に驚き、かつ戸惑ったことで、橘が自分たちの前を通るのを眺める事しかできなかった。
「大丈夫だったか……?」
神弥の前へと辿り着いた橘が、顔を廊下へと落とし続ける神弥の肩に触ろうとした。
が。
「……んじゃねえよ」
「──?」
「そのきったねえ手で触んじゃねえよクソが!!」
橘の手を乱暴に払いのけた神弥の怒号が廊下にびりびりと響く。恐らく事情を知らない橘は、藤原のあまりの変わりようを呑み込めなかったのか、言葉も発さず、払いのけられた手を下ろすこともせずにただただ立ち竦んでいた。
「テメェが聖に……この体にやったことは全部分かってんだよ」
これでもかというほど眉間に深い皺を刻んだ神弥が低く唸る。その言葉は、神弥から放たれる激しい憎しみを伴って、最悪の事態を花咲の脳へと映し出した。
まさか。
「──まさか藤原君を襲ったの?」
「……」
「ねえ、答えてよ!」
花咲が叫ぶ。神沢に押さえられてはいるが、今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。
橘は答える代わりに目を伏せた。それは、無言の肯定。
「──っ!」
「あっ、おい!」
花咲は神沢を振り切って橘の方へ駆け出して、橘を力任せに殴りつけようとした。
「っ……!」
だが、それは第三者によって阻まれた。
殴ろうとした花咲の手首を、いつの間にか背後に立っていた大北が掴んだのだ。
大北は感情の読み取れない淀んだ目で花咲を見ていた。
「邪魔するな!」
花咲は声を荒げ、大北を睨みつける。しかし、大北は動じることなく、花咲の手首を掴んだ手に力を込める。
「いっ……!」
「健吾に触んなよ」
「悪いのはそっちでしょ!? 無理矢理するとか、人として最低だよ!」
「何言ってんのお前。そいつが悪いんだろ」
くい、と顎で神弥を指す大北。信じられないというように目を見開いて、花咲は大北へと食って掛かる。
「なんで藤原君が悪いの? 会長って善悪の区別もつかないくらい馬鹿なの!?」
「馬鹿なのはお前らだよ」
大北が酷く無機質な声で言い返した。
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