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花咲はそんな大北を一瞥して、橘に問うた。
「本気……なの?」
「ああ。……初めてなんだ、こんな感情」
「惚れてるだァ? 犯しておいて何言ってやがんだテメェ」
橘の言葉に片眉を吊り上げて、神弥が橘を睨みつける。しかし、ふと大北から放たれる殺意に似た気配を敏感に感じ取った花咲は、慌てて橘へと声をかけた。
「と、とにかく先に会長を何とかして。何しでかすか分かんない」
「……成海、一旦帰ろう。落ち着いた方がいい。カードキーも返してくれ」
花咲と同じく大北の異様な気配に気付いたのか、橘は目を伏せながら大北に呼びかける。だが、大北は橘の呼びかけに応じず、俯いて何かをしきりに呟き始めた。
「…………す……ろす……こ……す……」
「成海?」
橘が訝し気にもう一度呼び掛けると、呟きはピタッと止まった。そして、大北が橘に向かってゆっくりと顔を上げる。
「っ……!」
その顔を見た橘が息を呑んだ。同時に、花咲も小さくひっ、と声を上げる。
橘の背中越しに見えた大北の目は血走り、ただ憎悪の感情だけを溢れさせていた。人はここまで何かを憎むことができるのか、と思うほどの、醜い憎悪の塊を。
「な、る……み?」
「……殺す」
最後に低くそう呟きを落として、大北は橘から神弥へと視線を移す。鋭い視線で射抜かれた神弥は、臆することなくふん、と鼻を鳴らした。
「……ンだよ」
「……お前がいるから。お前がいるから……お前が、悪い。俺は間違ってない」
「藤原は悪くないって!」
橘が焦りの混じった声で大北へと叫ぶ。だが、正気ではない大北は聞く耳を持たず、おもむろにズボンのポケットから小さな棒状の何かを取り出した。いち早く大北の行動に勘づいた神沢が声を上げる。
「待て、止めろ!」
大北の持つそれが何なのかを花咲が視認する前に、大北は神弥に向かって棒状のものを持った手を振り上げた。流石の神弥も不意を突かれたのか、迫り来るきらりと光る先端を見つめながら、呆然と突っ立っている。
「やめて──!!」
大北の持っているものが明らかに凶器の類であることを悟った花咲が、縋るように叫んだ直後、張りのある膜を突き破り、その下の柔らかい物へ繊維を壊しながら沈んでいく音がぐちゅり、と廊下に響いた。
時間が止まったようだった。静かで、音のない世界。
突き刺さった極太の針の先から、ポタリ、と鮮血が神弥の頬へと落ちた。何度も、何度も。勢いを殺しきれなかった血の球が、頬を伝って床へと染みを作り出す。
「……なんで」
呆然といった表情で大北が唇を震わせながら零す。その言葉に反応する者はいない。
「何で……っ」
震える声で。
「何で邪魔すんだよッ!?」
右腕で神弥の身体を抱き寄せながら、咄嗟に大北へ翳したであろう左手を貫かれた橘に向かって、絞り出すように叫んだ。
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