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第2話

 街灯に照らされながら、一人の青年が夜道を歩いている。  青年の肩にはエコバックがかかっており、中にはスーパーで買ったと思われる食材がぎっしりと詰まっていた。  薄明りに照らされた彼とすれ違った人は、誰もが一度、彼を振り返る。  ──それほどまでに、彼は美しかった。  小さな、アパート。その階段を上がり、青年は扉の前で足を止める。  ポケットの中から鍵を取り出し、そのまま扉を開錠した。 「はぁっ。重かったぁ……っ」  青年は食材の詰まったエコバッグを玄関に置き、靴を脱ぐ。  すると……奥から、一人の青年が姿を現す。 「…………」 「まー君? 起きてたんだね、ただいま」  ボサボサの黒髪。丸まった背筋。よれたシャツに、シワの残るズボン。  奥から現れ『まー君』と呼ばれた青年──間島(ましま)は、エコバックを抱えなおそうと屈んだ青年──三木(みつき)に近寄る。  間島の気怠そうに足を引きずった歩き方は、その不穏な容姿と相まって……不気味だ。  目の前で立ち止まった間島を見上げて、三木は笑みを向ける。 「今日はまー君の好きなプリン買ってきたよ? 晩ご飯の後に食べようね」  並ぶ二人は、どう見ても【正反対】な雰囲気だ。  微笑む三木を見下ろしたまま、間島は突然、ポツリと呟いた。 「…………だ」 「ん? まー君? どうか──」  間島の言葉を聞き返そうとした三木に向かって、間島が手を伸ばす。  ──そして。 「──育児放棄だッ!」  玄関に、怒号が響いた。  それは当然、間島によるものだ。  間島は三木の腕を力尽くで掴み、居間へと引っ張るように歩き出す。 「ちょ、ちょっと、まー君っ?」  突然のことに理解が追い付かない三木は、エコバックを手にしたまま抵抗もできず、間島に引っ張られた。  しかし、なにか反論をしなければ。そう思った三木は、間島の後頭部を見上げながら言葉を探す。 「い、育児放棄って……っ。そんなつもりじゃ──」 「僕のこと、捨てようとしたんだッ!」 「そ、そんなことしない! ちゃんと帰ってきたのが証拠!」 「僕が起きた時……ママ、家にいなかったッ!」  居間に辿り着き、間島が三木を振り返る。  鼻の辺りまで伸びた野暮ったい前髪の隙間から、間島の目が覗く。  ──その瞳は怒りに濡れながら、三木を映していた。 「ひどい、ママ、ひどい……ッ! ずっと一緒にいるって言ったのに、いつも僕を置いてどこかに行く……ッ!」 「まー君、待って。お、落ち着──」 「高校の卒業式で、ずっと一緒だって約束したじゃないかッ!」  どう見ても、激昂する間島は三木の話を聴く気がない。  三木はエコバックを足元に置き、掴まれていない片手で間島の頭を撫で始める。 「ずっと一緒って、もう一回約束して……ッ」 「うん、ずっと一緒だよ。ごめん、ごめんね。寂しかったよね、不安だったよね。今度からは一緒にお買い物しよう?」  頭を撫でられて、数秒後。  ……ようやく、間島の目つきが変わった。 「……ヤダ。家に、ママとずっと一緒にいる」  鋭い目つきが、一変。  間島は目尻を下げ、目の前に立つ三木を見下ろす。  機嫌を治してくれたのだと判断した三木は、もう一度笑みを浮かべた。

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