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ふたりの関係
――キスは好きだ。
夏の名残のような虫たちの声も聞こえなくなり、窓も閉め切るようになった頃、休日前夜に組み敷かれながら孝也はうっとりと目を閉じた。
最初にあれよあれよと流されてから、三回目になるか。痛いだけだった挿入行為から、快感も拾えるようになってきた。やっていることは強引なのに、あやすような口付けが優しく心地よく、孝也はルームメイトの健吾に身をゆだね、ふたり布団で緩く抱き寄せ合っていた。
厚地の長袖シャツをめくり、ジーンズの前をくつろげて、腰から双丘に手を滑らせて健吾が下衣を下げていく。膝下で足首を拘束するように残されたまま、少し開いた膝の間に手を入れて、孝也の中心へと大きな手が伸びる。
「もう硬くなってる」
「や……っ」
にやりと口角を上げて、顔を背ける孝也の頬に健吾の舌が這う。
女性経験もないままに無理矢理受け入れさせられ、こんな屈辱はないと思った。だけど、そう思ったのは痛みに苛まれていた期間だけで、体が元に戻った二週間後には、今度はちゃんと準備してるからなんて言いくるめられてまた抱かれてしまった。異物感と圧迫感の中、僅かに感じたもの。それに縋り付くようにことを終えた頃、もう怒りもなくなっていたのだ。
――変……こんなの。
男同士なのに、明らかに自分でするよりも気持ちいい。指で、唇で、舌で、触れられて、それだけで微かな電流に打たれたように体が震える。
キスで勃ち上がり始めていた場所は、健吾が軽く掻いただけですっかり硬くなっていた。
「だいぶ慣れたよな。やっぱお前可愛い」
耳たぶを食まれながら囁かれて、ぞくぞくと背筋がしびれた。中心からは透明な雫が健吾の指を濡らし、くちゅりと鈴口を突かれて腰がうねる。
首筋から肩へと散々甘噛みされ、シャツを抜かれて胸もいじられ倒される頃には、もう色の付いた雫がひっきりなしにこぼれ、あと少しの後押しを強請るように自然と腰が揺らめいていた。
だが、それを言葉に出来るほどには我を忘れていないから、ただ荒い息を吐いて、うっすらと瞼を上げて健吾と目を合わせた。
熱で潤んだ黒くて大きな瞳が、健吾の劣情を刺激する。ふっと目を細めた優しげな面に目を奪われているとき、あらぬ箇所に硬質な異物を感じて、反射で捩りそうになる腰を膝で押さえつけられた。
「ひ……ぁっ、なに、けんごッ」
鈴口からゆっくりと鋭利なものに犯されている。あともう少しの射精感を封じられた喩えようもないもどかしさに、痛みのような圧迫感。侵入が止まり、健吾の指先がそこを弾いた。
立ち上がったまま強制的に揺らされたそこは、芯によりしならなくなっている。音のない悲鳴を上げて涙をこぼしながら視線を落とすと、竹串の先が、小さな口から飛び出していた。
「いやだ……なにすんだよ」
自分で触れることすら怖いが、それでも手を伸ばした。それなのにそのまま後ろ手に捻り上げられ、膝を立てた状態で布団に突っ伏す。それ以上入るわけがないから、痛みが怖くて股間のものが布団に着かないようにと必死で腰を高くした。
「今日は口でする練習な。俺のこといかせられたら、孝也もいっていいよ」
「そんな」
顎に手を掛けて上向かされ、背骨が悲鳴を上げる。片腕を取られたままの不安定な姿勢で、片手で上半身を支えると、目の前にスウェットをずらした健吾が腰を下ろしていた。
緩く立ち上がったものを目の前に突きつけるように引き寄せられ、もう従うしかなくて孝也はおずおずと口を開いた。
拙い知識を総動員して、先を口に含んで滑らかな部分に舌を這わせると、健吾が息を飲むのが感じられた。そのまま続けながら上目で見上げれば、何処か酔っているような複雑な眼差しで見下ろされていて、じゅっと音を立てて唾液を啜ると硬度が増した。
気持ちいいのかな。
酷いことをされて脅されているというのに、先刻の僅かな怒りは引いてしまっている。単純に、人が喜ぶことを出来るならいいかと、精一杯口を開けて頬張った。
同性のものをという嫌悪感は最初からない。あれば二回目すら許せなかったろうと思う。
我が道を行くルームメイトは、茫洋と自分のなすべきことしかしない。他人に好かれようという気力がないのではないかと思っていたのに、孝也もいいなと思っていた年上の女性にだけは関心を引かれようと少しは努力しているようだ。
――だから、この行為に意味なんてない――
喉が詰まった気がして一度唇を離して大きく息を吸うと見計らったように後頭部に手を遣りぐいと下腹に引き寄せられた。屹立が喉の奥に当たりえづきそうになる。唇の端が切れるくらいにいっぱいに開かされて舐めるどころではない。
「ん……そのまま喉広げて」
猫にするように喉仏の辺りを撫でられて、気道を確保しようと首の角度を変えて奥を膨らませようとする。少しだけ楽になったような気がしてほっとしていると、伸ばした腕が丘を撫でて窄まりへと潜んでいく。
「んふっ、ぅぅ」
感度の良い丘が震え、抗議の声は無視されジェルをまとった長い指がじりじりと開いていく。
「孝也、動かないなら俺がしちゃうけど」
動けと言われても、口元にそんなゆとりも隙間もない。更に後ろに指を増やされ、否が応でも意識はそちらに散ってしまう。
ほらほら、と言いながら、中をまさぐる動きに意識を乱され、そうして好い箇所をさすられれば、栓をされたままの中心が更に大きさを増し、早く解放しろと悶える。にっちもさっちもいかずにただ震えて腕と膝で体を支えているだけでも辛くて辛くて。それなのに焦れた健吾は指を入れたままで、下半身を自分の方に引き寄せた。
「んぐぅ……」
限界まで開かされている更に奥へと受け入れさせられ、孝也はついに涙をこぼした。
北欧っぽい外見の健吾は、体格も逸物も純粋日本人の孝也のものとは規格が違う。身を持ってそれをしらしめられ、降参するから許してと叫びたいのにそれすら叶わない。
ついに動き始めた腰に、酸欠にならないように鼻で息をするのがやっとで、熱いしぶきを喉の奥に感じたとき、ようやく解放してもらえるかと安堵しながら、押さえつけられたまま飲み下した。
ふっ、と笑う声がして、ぱちぱちと瞬きで水分を飛ばしてから見上げた。
「ほんっと可愛いな」
ぐりぐりと頭を撫でる掌は大きい。可愛いと言われても男なんだから嬉しいと思えないはずなのに、誰かを褒めることが少ない健吾の言葉だからか、鼓動が高まった。
ようやく頭から手がはずれ、少し柔くなったものに舌を這わせながら首を引く。
「もっかい」
コンドームの袋を摘んだ指先をひらひらとされ、今し方離したばかりの場所へと舌を伸ばした。いい加減顎が外れそうだから、舌だけで許して欲しいと思う。着けるために硬くなればいいんだろうし。
舌と唇だけでちろちろはむはむやっているとそれなりになったから、袋を破ったものをさきっぽにあてがい、頭を押さえられて、これは口で着けろという意味かと察する。
なんだか瞳が輝いてるし、ともう一度表情を確認して、歯を当てないように注意深く根本近くまで咥えて装着した。
雑誌かビデオかは知らないが、仕入れた知識を色々と試してみたいのは解る。解るけど、その相手をさせられるのが男のおれってどうなのと悲しくないわけじゃないけれど。
口を離して、潤滑剤とゴムの味に顔をしかめていると、今度はころりと仰向けにされてしまった。
硬くはないが、大きく開かれると流石に足の付け根が痛む上、眼前に晒されるその行為には慣れていない。ぴんと天を向いた箇所は、熱を吐き出す許可を得られないままにゆらゆらと喘いでいる。
曲げた腕で反射的に顔を隠してしまったのを見咎められ、顔の両脇にぐいと押し付けて縫い止められた。
甘く垂れた眦でじっと見詰める視線は、体の奥の性的な炎は宿しているものの、きっと孝也個人に対してどうこうというものではない。その証拠のように、節くれだった指が再び窄まりに突き込まれても、いかせたらと言われた部分は解放される兆しすらない。
「と、取ってくれるんじゃ」
「結局満足に出来なかったからナシな」
淡々と評定を告げられて、絶望で目が眩んだ。
指先が、中で蠢く。もう感覚で探り当て、集中して擦られて、行き場のない熱を溜め込んだものは更に太さを増し、隙間から僅かに涙が零れ続けている。
「はっ、くるし……」
犬のように唇に舌を載せ短く息を吐き続ける孝也を冷静に眺めながら、健吾の愛撫は続く。しかし、それは孝也にとっては拷問と同じだった。既に両手は解放されているというのに、だるくて布団から持ち上げることも出来ない。
開いたままの口の端から、唾液が伝い落ちて洗い晒しのシーツに染みを広げた。
頭の芯が痺れていて、思考が出来ない。滲む視界の向こうにうっすらと見えるのは緩くウェーブした髪と輪郭くらいで、表情も読めない。
健吾には、様々なことを教えられていく。これからも、興味を覚えれば孝也で試すのだろうと思う。それは、ごく普通の生活をしていれば、知らなくても良いようなことかもしれない。少なくともごく一般的な男女のカップルならば、こんな風に竹串で堰き止めたりはしないだろう。こんな使い方をされると知っていれば、値引きシールが貼ってあったからって、みたらし団子なんて買わなかった。
ゴミ箱に入れずに洗うなんて珍しいなと思ったとき、用途も尋ねれば良かった。
中が傷付いていなければいいなと、それだけはぼうっとしたまま願った。
微かに漏れていた呻き声が消え、焦点の合わなくなった孝也に首を傾げ、面白くなさそうに健吾はおもむろに竹串を引き抜いた。
とろとろと、断続的に白いものが排出されていく。緩く立ち上がったまま自身を伝いぺたんこの下腹を汚す長々としたそれは、常の射精とは程遠く、それでも半分意識の飛んだまま孝也は快感を得ているようだった。
ふんと鼻を鳴らし、両足を抱え上げると、刺激し続けた窄まりに一息に腰を進める。
あ、と大きく孝也の口が開き、零れる勢いが増した。それを興味深げに一瞥してから、健吾は腰を動かし始めたのだった。
――何処までも落ちていく。落下する――否、これは沈んでいるのか。
孝也の意識は闇に飲まれ、時折浮上し思い出したように己の情の種類について思い巡らせては、また深く潜っていく。
許してしまう。何をされても、きっと。
そう確信している時点で、自分のこの気持ちがなんなのかは悟っていた。
そうであったとして、それを自覚しているとしても、何も変わりはしない。拒めなかったあの時からふたりは共犯で。誰にも秘密にしたまま、どちらかの境遇が変わるまで続くのだろう。
そう、健吾に恋人が出来るその時まで。
それでもいい。それでいい。
それが夢か現かわからないまま、孝也は闇の中でひとり微笑んだ。
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