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夕凪ロマンティック 3〈完〉
唾液で中を満たされながら、入り口もその奥も解し、好い所を掠めるように刺激しながら、決定的なものは与えられない。
それを冷静に観察しながらも、最後にはいつもこちらのことなどおかまいなしに自分が納得するまで、すっきりするまで縦横無尽に振り回されていいように扱われた。それを思い出してしまった。
何年経っても、消えることのない想い──それを、指摘する言葉。そして答えは解っていると言いたげに、言葉にさせてもくれない。
そうさせているのは自分かと、孝也は咽び泣いた。
泣き声の種類が変わったのに気付き、賢は抱え上げていた腰を布団の上に下ろして、少し意地悪にしすぎたかと肌を重ねたままその顔を寄せた。
孝也は両手で顔を覆うようにして、声を殺してしゃくり上げている。
賢が手を止めてしまったのも気になるようで、どうにかして息を整えて涙も止めようとしているのが丸わかりで、やっぱり可愛いなあと思いながら、さらりとその髪を指で梳きながら、賢は静かに待った。
「うっ……さと、し……ごめっ、俺、」
「謝んな。承知で一緒に居るんだから。だけどたまには愚痴くらい言いたくなるだろ。仕方ない、思い出は思い出なんだから、そんなの忘れろって俺がいくら言ったって、簡単に消えるわけじゃないんだし」
うん、うん、と頷きながら、孝也は手をどけて賢の首元に顔を摺り寄せてちゅうっと肌を吸った。
孝也は、一般的に見て少し年若くは見えるけれども、精悍さと少年のあどけない可愛さを備えたなかなか整った容姿をしている。ただ、本人はその学生のような見た目が気に入らないらしくまともに鏡も見ない上に日頃は年配者に囲まれて生活しているものだから、自分の魅力にとんと気付いていない。
頼むからそのまま田舎に居てくれと思わないでもなかったが、同じ市内に配属になれば同居も出来るのになんて甘い夢も捨てきれない。
そうなるときっと、窓口に来る女性陣が放っておかないと思うのだ。特に世話好きの人など、写真を撮らせろだ見合いの相手を連れてくるだのと、少しでも隙を見せれば世話を焼こうとされてしまう。余程の繁忙局ならないかもしれないが、地域に根ざした職場である以上、そういったお付き合いからも逃れられないのだ。
男女の夫婦のような確固たる形を示せない以上、一生付いて回る問題だろうと思った。
ゆるゆると、ただ髪を撫で梳きながら横たわっているだけの賢に、おずおずと孝也は擦り寄り、唇を重ねてきた。
まだちょっと意地悪な気分で、どうするつもりかと放っておいたら、リップ音をさせて首から下へと顔が降りて行く。性感とは言えないが好きな相手にされて気持ちいいのは確かで、そのまま身を任せていると、萎えかけた中心へと舌が這わされた。
そこは、未だ数えるほどしか任せたことはない。
いつも賢が主導権を握っている上、理性を飛ばした孝也の仕草も肢体も妖しくて、それに惑わされるように貪りつくすような交わりをしてしまう。
最初からそうだった。
酷い扱いを受けて死に掛けたくせに、それでも忘れられない男──そいつに仕込まれたであろう体は、それまで抱いてきた女性とは全然違う快感を与えてくれた。
自分でも淡白な方だと思っていたのに、孝也の体なら、朝まで繋がっていても足りないくらいに欲しくて欲しくて堪らなくて、がむしゃらとはいかないまでも、体中くまなく自分で満たしたくて、触れて、舌を這わせて、唇で指で全身を味わった。
孝也がマグロなのではなく、賢にそうさせる何かがあるのだ。
離れている時間が長いから、無駄に出来ないとついつい欲を掻き、今日みたいに途中で会話でもしていないと、ひたすらに行為を続けてしまう。だから、孝也から率先して与えられる愛撫と快感は、何よりも得がたいものなのだった。
先だけを口に含み手で掻いていたものを、途中からは明らかに喉の奥に当たって苦しそうなのに、それでも根元まで全て体内に収めてまるで体全体を使っているように頭を大きく動かして舌を絡めて吸われる。
これもあれも全てあいつの仕込みかと黒い気持ちが湧き起こるのは否めない。
「あ、も、イくッ」
離させようと頭に手を遣っても動きは止まらない。一際強く吸われて、賢は熱いしぶきをそのまま放ってしまった。
んく、と喉が動き、飲み下したのが判る。そのままぴくぴくと震える先端を、今度は唇を離して舌だけで綺麗に舐め取られ、過ぎる快感に悶えつつも、またそこは硬さを増して行く。
熱に浮かされた両の眼が顎を引いて肘を突いた賢を見詰め、ちゅぽんと口を離してからぺろりと唇を舐めた。
ごくりと賢の喉仏が動く。いつもいつも、ベッドの上での孝也には翻弄されっぱなしだった。
「賢の……酸の海で溺れちゃうけど」
孝也はつうっと自分の手を胸に這わせて胃の辺りをゆるりと撫で、身を起こして賢の上に跨る。
「今度はこっちにもくれよ」
ん、と声を漏らし、それでも細く息を吐きながら孝也は自分で腰を落としていく。そそり立つ賢の中心の上に。
いくら解していたとはいえ、流石に滑りが悪いのだろう。眉を寄せて苦しそうにしている。見咎めて賢がベッド下の引き出しから手探りでローションを取り出すと、それを賢のものに垂らして手の平でもう一度扱いてから再び繋がろうとする。
賢は起き上がって押し倒したい衝動を堪えながら、孝也の少し辛そうな表情が安堵に緩み、それから自分で腰を揺らして快感に蕩けていくさまを見守っていた。
まだ一度もイっていない孝也自身からは、つうっと透明な雫が零れて賢の下腹部をローションと共に濡らしていく。
「さと、し……、俺、の」
ああ、と切なく乱れた吐息を震わせて、好い所を突いているらしく股間のものは張り詰めて苦しそうに持ち主と共に揺れている。
「も、ずっと前から、俺はお前だけの、なのに」
膝が震えてうまく動けないのか、とすんと体の脇に腕を突き、その弾みで汗と共にぽたりと賢の顔にも降って来た雫は。
「孝也」
「あの時から、薄々感じてた。今はもう、確信してる。確信したら言ってって、前に言ったよな?」
「ああ、言ったな」
「賢だけの一方的な想いじゃないよ。もうずっと前から、俺は……俺には、賢が必要不可欠で。賢が居ないなら、生きていけないくらいになっちゃってる」
目を瞠り、それから口元が綻んだ賢の唇に、静かな口付けが降って来た。
「愛してる。ずっと、傍に居て。同じときの中を生きていこう」
ああ、同じ気持ちで居てくれたんだな。
はっきりと言葉にするだけで、こんなにも満たされる。
「ずっと変わっていない。傍に居るって誓ったよな。俺も、会う度に新しい孝也を発見して、もっともっと好きになってる。愛してるよ」
不安になったら、その度に言葉にしよう。
少しくらい喧嘩腰でもいいから、本音をぶつけ合おう。
そうしたら、きっともっと近くに居るように感じられるから。
翌日、二人はまたショッピングモールに赴き、揃いの腕時計を購入したのだった。
太陽の力で、永遠に動き続けるときを……違うことなく重ねて生きていく、その証のように。
Fin.
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