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その後の甘い話 『Morning Tea』
「兄さま、おはようございます」
「おはよう、雪也」
わざと時間を遅らせてダイニングルームへ降りていくと、兄さまがクッションにもたれて、紅茶を飲んでいた。
海里先生はエプロンをして朝食を作っている。
へぇ、手際がいいな。
「おはよう。雪也くん」
「おはようございます。海里先生」
ふふ、海里先生ってば、顔に出やすいですね。
満面の笑みだ。
それにさっきから……ちらちらと左手の薬指の光る物を見つめては微笑んでいる。
さっき窓辺で指輪の交換の様子を耳で聞いたけれども、目で見るのは初めてなので、ワクワクしてしまう。
兄さまの左指にも、もちろんペアの指輪がちゃんと光っていた。
あ……あの指輪のデザインって、アーサーさんと銀座のお店で見たものだ。兄さまが羨ましそうに見つめていた3つのダイヤのついた結婚指輪を、いつの間に、海里先生ってば準備したのだろう。
流石ですね!海里先生!
兄さまのために奔走した姿を思い浮かべると、嬉しくなります。
「雪也も、お紅茶飲むかい?」
「あっ、はい。僕が自分でやります」
「いや、雪也は座っていて、僕が準備するから」
「でも」
「駄目だよ。お前が火傷でもしたら大変だろう」
「はい……」
兄さまは本当に世話焼きだな。
僕はもう小さな子供じゃないのに、いつまでも。
「いや……柊一も座っていろ。君は今日は無理しない方がいいだろう」
「ですがっ」
兄さまが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「兄さま。どこかお加減でも悪いのですか」
「えっ! 悪くないよ。大丈夫だ」
「でもお顔が真っ赤ですよ」
「こ、これは……ごめん。洗面所に行ってくる」
「あっ、柊一」
兄さまが気まずそうに、ガタっと席を立った。
「あっ、うぅ……」
ところが、そのまま一歩歩き出した途端、腰を押さえて床にしゃがんでしまった。
「あぁもう馬鹿だな。だから無理するなと言ったじゃないか」
「ううぅ……ですが」
「君は初めてだったんだ。こうなっても仕方がない。というか……俺のせいだ。悪かったな」
「ううう……海里さん、もう……それ以上は喋らないで下さい、雪也が聞いているのに」
しゃがみこんだままの兄さまが、耳まで赤くしている。
僕はポカンとその様子を見つめていたが、ふと思いあたった。
あぁぁ……なるほど、そうか、そうなんだ。こうなるのか。
「もう、お二人ったら朝からイチャイチャし過ぎですよ」
「雪也、これはその、違って!あっ、ぎっくり腰なんだ。僕ももういい歳だから。昨日重たい荷物を持って……」
兄さまが必死に苦しい言い訳をしている。
ふぅん、重たい荷物ねぇ……確かに重そうです。
「おいおい、柊一、それじゃムードが台無しだろう」
あぁそれもそうだ。
もうっ──兄さまってば、そんなに恥ずかしがらなくても。
僕は入院中……おばさま方の世間話の輪に潜り込んで鍛えているので、大丈夫ですよと言ってあげたいけど、それも墓穴を掘るような気もして……
「じゃあ海里先生……お紅茶、いただけますか」
「あぁうん、そうだな」
澄まして、素通りしてあげるのが、どうやら最善だと思った。
本当に、いつだって……
初心で可愛いのは兄さまですよ。
あとがき(不要な方はスルー)
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昨日、一旦完結のご挨拶をさせていただきました。
沢山のスターとスタンプ。ペコメありがとうございました。
毎日更新を200話も続けるのは正直……時に大変でしたが、報われた気持ちで一杯になりました。
完結させたので本棚は一気に減りましたが、同じ位、ご新規で読んでくださる方も増えました。本当に感謝です!
この先はこんな感じで、短い短編形式で……ほっこりと癒されクスッとしてしまうような甘いお話を、のんびり書いていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
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