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庭師テツの番外編 鎮守の森 37
この中に、桂人が居てくれたらいいのに……
だが、その願いは虚しく終わった。
狭くて窮屈な人一人がやっと横になれる程の空間には、誰もいなかった。
ただ俺の記憶に植え付けられた、桂人の香りだけが漂っていた。
「桂人……居ないのか。一体どこへ消えてしまったんだ!」
弟も中を覗き込み、深く暗い溜息をついた。
「あいつは、こんな狭い場所にいたのか。結局僕は何もしてやれなかった。あんなに慕ってくれたのに……兄さんと同じ道を辿っていくのを、見送ることしか出来なかった」
「じゃあお前は桂人が庭師になるために、ここを旅立ったのも知っているのか」
「……はい、僕が村を代表して見送りました。森宮の屋敷から届いた一丁羅の和装に身を包んで、風呂敷を持って去っていく後ろ姿を、いつまでも……でも……どうして兄さんがこんな所まで桂人を探しにやってきたのですか。それが分からなくて……」
「俺が桂人を好きだからだ」
弟には単刀直入にそう告げた。
桂人を語るには、隠す言葉も、飾る言葉も必要なかった。
弟は目を見開いた後、何故かうっと涙ぐんだ。
悔しいのか、嬉しいのか、曖昧な表情と涙だった。
「えっ……そうか、そうだったのですか。兄さんはカッコいいです。いつだって潔くて。僕がしてやれなかった事を軽々と」
「お前が知っている限りの事を正直に全部話してくれ、桂人は、一体どんな過去を背負っていた?」
桂人が隠したがる過去かもしれないが、彼を助けるためにも、もう一歩踏み込んで聞いておかねばならない。
「僕は兄さんにずっと負い目を感じていました。だから……もう全て……真実を語ります」
「あぁ何を聞いても驚かない。俺が生贄になったのは、自分で思い出した」
「そうでしたか……今まで、すみません。桂人は、兄さんと同じ15歳の時に森宮神社に生贄として奉納された男でした。いや……正確には年頃の女子がいなかったので身代わりになって、でも女装が地主様にバレて怒りを買い、脚の腱を切られ、逃げても逃げても連れ戻され……結局この小さな社に5年間幽閉され、その後は社の管理人のような立場で住み続けていました」
弟から明かされる桂人の過去は、想像以上に過酷だった。
「そうか、そうだったのか。で、お前と桂人の関係は……?」
「……僕は長年、社に幽閉された桂人の世話人をしてきました。最低限の食事や衣類を届けるだけの役立たずで……結局何もしてやれなかった。あいつが精一杯伸ばした手を振り切って結婚したのが……僕なんです。はっ」
弟は自嘲気味に笑っていた。
桂人と弟の間に、どのような感情があったのかは分からない。
だが今の桂人を愛するのは、この俺だ。
そして桂人も俺の口付けを深く受け入れ、求めてくれた!
その意味に賭けたい。
「俺は今の桂人を愛している! だから助けてやりたい。あいつは森宮の屋敷から消えてしまい、行方不明なんだ。なぁ何か手掛かりはないか、あいつがしようとしている事は一体なんだ? 何でもいい、頼むから教えてくれ!」
弟の肩を両手で摑んで強く揺さぶり、問い詰めた。
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