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庭師テツの番外編 鎮守の森 38

「ケイトさん、もしかして……ケイトさんじゃないですか」 「……」  朝露をぽとりと頬に受け目覚めると、白く清らかな光に包まれている錯覚に陥った。 「朝露か……」  濡れた頬を指先で拭った。これはまるでおれのはかない魂、はなかい人生のようだ。  視界がぼやけるので目を擦ると、俺を心配そうに覗き込んでいるのは柊一さんで、彼の目元には朝日があたるとキラリと光るものがあった。  ……朝露だと思ったが、柊一さんの涙だったのか。  それとも、おれの……? 「驚きました。こんな場所で眠っているなんて」 「おれ、いつの間に……」 「あぁ夜露に濡れてしまっていますね。とても寒そうです」  朝露と言わず夜露と言うのが、柊一さんらしいな。  身を起こして辺りを確認すると、冬郷家の修復中の庭園の東屋に蹲っていた。  何かから身を隠そうとギュッと躰を縮めて……髪も衣服もボロボロだった。  だが柊一さんは、こんなおれの酷い有様を見ても、何も聞いてこない。 「ケイトさん……よかったら中でお風呂に入って着替えませんか。あたたかいスープもあります」 「……」  温かい物に飢えたおれには魅力的な誘いだった。だがおれはもう……テツさんにも海里さんにも、二度と会わない覚悟だった。だから親切を受けるわけにはいかない。  それにしても……いつの間に冬郷家の屋敷に入り込んだのか。病院を抜け出してから隠れ続けていたのは、森宮の屋敷の秘めたる場所……つまり、彼岸花の向こうにある、小さな社の中だった。  狭い空間には慣れていた。故郷で似たような社に5年間も幽閉されていたから。  あれから幾日経ったのか、すべてが朧げであやふやだ。  社で眠っていたら真夜中に突然、雄一郎の声が聴こえてきて、恐怖のあまり逃げ出したのは覚えている。そこからの記憶が朧気だ。 「ケイトさんがここにいる事は、誰にも言いませんから。お願いですから屋内で羽を休めて下さい」 「今日は何日だ?」 「……9月30日ですが」 「もう、そんなに……」  中秋の名月は、明日に迫っていた。  いずれにせよ、儀式前には身を清めないとならない。  優しい柊一さんに、このまま甘えてしまおうか。  思案していると、柊一さんがおれの腕を掴んで引っ張った。  海里さんに守られているだけの可愛らしくもか弱い青年かと思ったら、そうではないようだ。  彼には……おれにはない凛とした潔さが感じられる。  正しい場所へ清らかな場所に、愛される場所に向かう背中だった。 「やめてくれ! おれは行かない。おれがいると、ろくでもないことになる!離せっ」 「いいえ、ケイトさんを放っておけません。こちらにいらして下さい。大丈夫、僕たちが住む部屋とは違う棟を使いますから。どうか僕を信じて下さい」  押し切られるように、風呂に入れられた。 「あの……背中を洗いますね」  柊一さんはおれを慈しむように背中を洗ってくれた。  幾日もまともに風呂に入っていない汚い躰を、嫌な顔ひとつせずに、丁寧に磨き上げてくれた。 「柊一さんは……おれの傷が怖くないのか」 「人は皆、目に見えないだけで、背中に多かれ少なかれ……傷を負っているものです。僕だって……だから怖くなんてありません。これはケイトさんが今日まで生き抜いてきた……立派な勲章です!」    

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