317 / 505
その後の日々 『冬郷家を守る人』 5
「兄さま、おやすみなさい」
「雪也が寝付くまで、傍にいるよ」
「兄さまったら、僕を何歳だと思って? もう、ひとりで大丈夫ですよ」
「でも、急にいろいろなことがあったから」
兄さまが少し寂しそうなお顔で、僕を見つめてくる。僕は兄さまのこの表情にとても弱い。
「でもお屋敷に人が増えて、心強いですね」
「あ、雪也もそう思う? 」
「はい。あと海里先生がここ1週間以上もお屋敷にいなかったのは、想像以上に寂しかったです」
「……うん」
僕ですらそう思うのだから、兄さまは、もっと寂しかったはずだ。
「以前はお屋敷に何人もの人が勤めていて、とても賑やかでしたね。なんだかテツさんとケイトさんを見ていると、かつてを思い出します。庭師も運転手も、皆いなくなってしまったから」
兄さまは遠い目で窓の外をじっと見つめ、もうこの世にいない人に想いを馳せているようだった。
「雪也は皆に愛されていたよ。お父様もお母様も、使用人達も、この家の人達は本当に優しかったね」
「兄さま? でも僕は、今も幸せなんですよ」
「そう思ってくれているのなら……嬉しいよ。テツさんと桂人さんの事も受け入れてくれて、ありがとう」
「ふふ、あのお二人は男らしく逞しい感じですね」
「……本当は少しだけ妬いてしまったんだ」
「え? 何にですか」
「あっ、ごめん。変な事を言ったね。何でもないよ」
兄さまってば。
もう一刻も早く、海里先生の所に行った方がいい。
あ、そうか……僕が早く眠ればいいんだ。
いつものことだが、兄さまは海里先生がいないと頑張りすぎてしまう。この1週間だって、家のこと、庭のこと、ケイトさんたちのこと、全部ひとりで背負い込んで……
「ふぅ、なんだか眠たくなってしまいました」
「雪也、おやすみ。もう明かりを消すね」
「はい、おやすみなさい。兄さま」
兄さまの声が一段と和らいだ。
やっぱりいいな。海里先生がいると屋敷の雰囲気が和らぐし、兄さまが可愛らしくなる(こんなこと10歳も年上の兄さまに言ったら叱られちゃうけど、本当のことなんだ)
おやすみなさい、兄さま。
僕が夢の世界に行ったら、たっぷり海里先生に甘えて下さいね。
僕は明日……満ち足りた表情のお二人に会えるのが、楽しみです。
****
疲れ果て意識を飛ばすように眠ってしまった柊一の躰を清め、布団の中でもう一度深く抱きしめた。
このまま……肌と肌を触れ合わせて眠ろう。
極上の絹よりも滑らかな素肌はどこまでも触り心地が良いのに、彼の相変わらず薄い肩、細い躰には、切ない気持ちが込み上げる。
俺がいない間、頑張ったな。君一人でも立派にやれるのは知っている。当主としての凜とした姿を大切にしてやりたい一方で、今日のようにいじらしく甘えてくれるのが溜まらなくいい。
俺は柊一がいい、君が一番だ。
生涯の伴侶と巡り逢えた幸運に感謝しながら、柊一の体温と鼓動を子守歌に、俺も深い眠りに落ちていく。
明日からは賑やかになりそうだ。
そして明日の朝はきっと……柊一は腰が痛んで立てないだろうから、俺が抱き上げて階段を降りてやろう。
初夜を迎えた翌日のように、新鮮な気分で……
恥ずかしがる君の顔が見たい。
ともだちにシェアしよう!