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その後の日々 『冬郷家を守る人』 4

「桂人、何をしている? 早く中に入れ」 「あぁ、悪い」  部屋の入口で、桂人はピタリと立ち止まってしまった。  ここは俺が初めて桂人を抱き、仲秋の名月の儀式をやり過ごすために、一晩中繋がっていた意味のある部屋だ。同時に……桂人がひとりで去って行った部屋でもある。  彼の顔色が心なしか悪いのは、そのせいか。 「……正直、またここに戻る日がやってくるとは、あの時は思いもしなかった」  あの日、俺に眠り薬を飲ませ、ひとり去って行くしかなかった桂人の気持ちに思いを馳せると、やるせない心地になる。また、桂人にそんな決断をさせてしまい、何も出来なかった自分が情けなくもなる。 「あの時は、お前も辛かったな」 「道は一つしかないと思っていた」 「そうか」 「だが本当は違うんだな」 「そうだ。選択肢もあった。俺を頼って欲しかった」 「……ごめん」 「いや、俺に甲斐性がなかったのさ」 「違う! テツさんは……そうじゃない。おれが自己完結したせいだ」 「桂人っ」  俺たちは再び抱擁し合った。  人前では虚勢を張ってしまう桂人だが、俺の前ではそんな必要はない。 「もっと自然になれよ。本当のお前は……どこにいる? 」 「あっなんで……どうして……いつもテツさんはそうなんだ? 」 「ん、それはどういう意味だ? 」 「おれをちゃんと見てくれている。どんなおれでも受け入れてくれて、それでいて、今みたいに……本当のおれを探してくれる」 「それはお前の人生の伴侶だからかな」 「もう堪らないよ。テツさん、あなたは……本当にすごい」  桂人が涙を、つーっと流した。  一筋の涙が、彼の頬を濡らしていく。  泣き顔すらも美しい男だと思う。  それにしても桂人があの瑠衣の従兄弟だとは、思いもしなかったな。よく考えれば色白な肌に漆黒の髪。生まれながらの美しい顔立ちも、瑠衣と同じ血族だと感じさせる点も多くあったのが……桂人の凛とした硬質な研ぎ澄まされた雰囲気に蹴落とされ、すっかり見落としていた。 「うっ……なんだよ。勝手に涙が」  桂人は人前では泣かない男だが、俺の前では違う。 「おれは……おれ自身がわからないんだ。どれが本当のおれなのか……あまりに長い間、独りで閉じ込められて……死んだも同然に生きてきたから、本気で分からないんだよ!」  今日の桂人は社に閉じ込められた……15歳のままなのかもしれない。 「おいで、もう今日は眠ろう」 「……スルのか」 「いや、今日は何もしないよ」 「何故? 」    桂人が怪訝そうに目を細める。 「今日のお前は15歳の桂人だ」 「言っている意味が分からない」 「いいから、ほら、添い寝してやる」 「誰かと共に眠るのは、慣れていない……」 「これから慣れろ。おれは離さない」  そのまま桂人を胸に抱きしめて眠った。  何だかこの感じ……やはり昔、屋敷に住みついた野良猫を思い出すな。 「おれは……野良猫じゃないからな」  まるで俺の頭の中を見透かしたように、桂人が口を尖らせてボソっと言うのが、また可愛いかった。 「大事な人だよ……俺の大切な伴侶だ。おやすみ」  横抱きした彼の項にそっと口づけを落とし、そのまま温めるように寝かしつけてやった。

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