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峠の先 1

 志生帆海です。今日は先にご挨拶からさせてください。 『まるでおとぎ話』の本編更新は、半年以上空いてしまいました。  途中『ランドマーク』で、彼らには会っていましたが、雪也の手術と白薔薇の庭での海里と柊一の正式な結婚式に向けての話が抜けていたので、今日からゆっくり更新したいと思います。    またお付き合いいただけたら嬉しいです。  いつもリアクションで応援ありがとうございます。  それでは本編再始動です。 『峠の先』 **** 「海里、わざわざ来てくれてありがとう」 「いえ、これで一区切りですね」 「頑固だった父さんは……もう墓の中だ。あんなに森宮家を牛耳っていた人も、静かになったものだな」  兄、雄一郎は、真新しい黒い御影石を感慨深く見つめていた。 四十九日の納骨。    今日は俺だけ参加した。瑠衣はもう英国に戻り、柊一には家で待ってもらった。  瑠衣……お前の分も見送ったからな。  俺は父が亡くなった今も、やはり父が瑠衣にした仕打ちを素直に許せないよ。瑠衣が許しても、あれはやはり許しがたい行為だった。  何故なら俺があの日、屋根裏部屋から救出した瑠衣の姿を、いつまでも忘れられないからだ。  骨と皮だけのように痩せこけて……垢にまみれ、泣くことも忘れたように呆然としていた。何故あそこまで放置出来たのか、もう少し遅かったら死んでいた。  風呂にいれ身なりを整えて驚いた。  瑠衣は磨けば光る珠のように美しい男子で、持って生まれた品格も備えていた。とても一介の田舎の女中に産ませた子とは思えない。勉強もマナーも完璧に身につけていった。だから瑠衣の母親のルーツをいつか辿ってみたいと思う。 「海里、これを持って行け」 「なんです?」 「瑠衣達の故郷の資料だ。分家に預けていたものだが、もう必要ないので回収してきた。いつか何かの役に立つかもしれない」 「助かるよ」  書類を抱えて冬郷家に向かった。  こうやって一人家路につくと、父の葬儀の日を思い出すな。精進落としの後、森宮家には戻らなかった。木枯らしが吹く路をポケットに手を入れて歩いていると、向こうから人影が近寄って来た。  ふと……もしかしたらと顔を上げると、グレーのダッフルコートに白いマフラーを巻いた柊一が嬉しそうに頬を染めて、駆け寄って来てくれた。 「海里さん!」 「柊一、どうして?」 「そろそろお帰りかと思って」 「あぁ」 「お帰りなさい、そしてお疲れさまです」  あの日と同じように柊一が俺を迎えに来てくれた。  これは嬉しさを隠しきれないよ。  季節はもう冬だ。白いマフラーに顔を埋める仕草が可愛くて、気持ちが一気に和んだ。 「戻ったら温まりましょう。テツさんが今日、居間の暖炉を復活させてくれました」 「それはいいな。とても……寒かったんだ」 「桂人さんには、紅茶を頼んであります」 「それは……少し心配だな」 「くすっ、たぶん……もう大丈夫です。瑠衣が特訓をしましたから。今日はアップルティーですよ」 「いいね」  柊一……  暖炉にあたる時は、すぐ横にいてくれ。  紅茶を飲む時も、必ず一緒に。  俺は、柊一が恋しくて寒かった。  そう伝えたかったが、気恥ずかしくて言えなかった。 「今日はお休みなのに海里さんが居なくて寂しかったです……あ、すみません。大切な納骨の儀でしたのに、こんなことを言って……ごめんなさい」  俺が言いたい言葉を、柊一は迷いなく素直に伝えてくれる。  生まれた時から純粋培養で育った君の言葉には、濁りがない。 苦境に立たされた時も、君のその汚れなさが打ち勝ったのだ。 「謝ることはない。俺も同じだ。柊一に早く会いたくて溜まらなかった」  角を曲がると、真正面に冬郷家が見えて来た。  テツと桂人が住み込みで働いてくれるようになってから、荒廃した屋敷からかなり復活した。きっと次の白薔薇の季節には、白亜の城のようになっているだろう。  その日が待ち遠しい。  だが俺たちには、その前に乗り越えないとならないことがある。  もう間もなくだ。  年が明けたら、雪也くんは心臓の手術を控えている。 「間もなくクリスマス……そして新年、年が明けたら、いよいよですね」 「大丈夫だ。俺を信じて――薔薇の季節にはすっかり元気になっているよ」 「どうか、雪也をお願いします」

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