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羽ばたく力を 20
雪也くんの入院生活は、順調だ。
最初は寝たきりだった雪也くんが起き上がり、点滴を押して廊下を歩き出した。
そんな雪也くんの横には常に瑠衣が寄り添っていた。
瑠衣の献身的な付き添いは病院でも話題になる程で、今日も看護師のうわさ話が聞こえてくる始末だ。
「薔薇色の君、今日も一段と麗しかったわね~♡」
「彼、可愛いわよね。ツンとすました執事さんなのに、ふとした拍子に頬を薔薇色に染めるの! 色白だから目立って可愛いのよね~うふふ♡」
やれやれ、いつの世も女性は瑠衣のような端正で控えめな美形に弱いのか。
「なぁ、アイツは俺の弟だぞ」
「ええええ? 海里先生の弟さんですか」
「そうだよ。だから狙うなよ (親友・アーサーのために一肌脱いでやろう)」
「あ、でも……そういえば、海里先生と似ていますね」
え? 似ている? そんなことは初めて言われたので、興味を持った。
「どこが? 髪も瞳の色も体型も全然違うと思うがな」
「ズバリ、手が似ていますよ。海里先生のゴッドハンド♡と一緒ですね」
「え……っ」
やはりそんなこと言われたのは初めてで、自分の手をしげしげと見てしまった。
瑠衣と俺は、血が半分繋がっている。だが今まで似ていると思ったことは、正直一度もない。周りから言われたこともなかった。
そんな話をした後、雪也くんの診察に向かった。
「あ……海里、お疲れさま。紅茶でも飲む?」
「ありがとう」
雪也くんの個室で、丁寧に紅茶をいれてくれる瑠衣の手元をじっとみた。
「どうしたの? そんなに見つめて」
「なぁ、ちょっと手を貸してくれ」
「うん?」
瑠衣の手と俺の手を、ぴたりと合わせてみた。
「な、何?」
瑠衣が怪訝な表情を浮かべていた。
「ん? 看護師たちに手が似ていると言われたから、確かめようと」
「え? 海里と僕の手が?」
二人の手は大きさが違うが、長く真っ直ぐな指や、細長い爪の形が確かによく似ていた。
「本当だ。似ているね」
「あぁ、今まで気付かなかったよ。盲点だった。まさか俺の手とこんなに似ているなんて」
「海里の手と一緒なのかぁ……じゃあ僕も……器用……」
そこまで言って、瑠衣は何故か頬を薔薇色に染めた。
「なるほど、その顔か。なぁ瑠衣、ナースステーションで何と噂されているか知っているか」
「え? 僕、そんな変な顔をした?」
「コイツっ、俺の手から何を連想した? 言ってみろよ」
「わ、何でもないよ」
瑠衣の肩に手を回して、じゃれ合った。若い頃、こんな風に弟と明るく笑い合いたいと思っていた。あの閉塞感のある森宮家で、瑠衣だけは違って見えた。
「そうか、分かりました!」
「んん? 雪也くんどうしたんだ?」
「雪也さま、どうされました。すみません。五月蠅かったですよね」
「ふふふ」
雪也くんはスケッチブックに、何か描いていた。
「何を描いていた?」
「こえはアーサーさんに渡すものです」
「アーサーに? 雪也さまが?」
雪也くんが悪戯気に笑う。
「はい、実は僕は……スパイだったんです」
「ん?」
「海里先生と瑠衣の情報を、垂れ流しました」
「垂れ流す? ははっ、情報漏洩のことか」
「はい! ふふふ、ご覧になります?」
「あぁ」
雪也くんが楽しそうだったので、スケッチブックを見せてもらうと。
白衣のマントを着て手を太陽に掲げているのが、どうやら俺のようだった。
手に矢印で『God’s hands』と書いてある。
ほぅ……ゴッドハンドと讃えられる外科医・森宮海里のことだな。とニヤリと笑ってしまう。その横に瑠衣が立っている。執事服の瑠衣に耳は兎の耳? (何故だ)そして頬も耳もピンク色で矢印で『rose pink』と。
なるほど『薔薇色の君』も俺の『ゴッドハンド』もアーサーには筒抜けになるのか。
「雪也くん、瑠衣の手にも 『God’s hands』と書いておくといい。あいつ……きっと喜ぶよ」
「そうですね」
隣で瑠衣が、ぶるっと身体を震わせていた。
*****
「では失礼します」
商談がようやく終わった。俺は急いで荷物を鞄に詰め込んで通訳を残し一目散に退出した。
「グレイ伯爵! 明日も10時にUGH社との商談ですから」
「了解~、じゃ、急ぐんだ」
瑠衣のいる病院に、急いで戻る。本当は朝からずっと傍にいたいが、おばあ様の手配した仕事量が半端ない。
『アーサー、ちゃんと働いてから遊びなさい。それが気持ちいいものよ』
おばあ様の口癖だ。
それでも俺がいない間の瑠衣の様子が気になって、雪也くんにスパイを頼んである。そうさ、俺が彼を買収したのさ!
さぁて今日は何かGood news《グッド・ニュース》が届いているか。
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