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大きな翼 13

 離陸して1時間が経過した。  柊一もようやく背もたれに身を預け、寛いだ表情を浮かべている。背筋を伸ばしたままでは、どうなることかと思った。 「楽しいかい?」 「はい、あの……今、僕は本当に雲の上にいるんですね」 「そうだよ、宇宙に近いよ」 「素敵ですね.魔法の絨毯に乗っているようです、あの、お星さまのような海里先生だから、夜空がとても似合います」 「ふっ、可愛いことを」  本当に俺と過ごす柊一は、愛らしい。  以前から俺のことをよく北極星《ポラリス》のようだと言ってくれるね。 君を導く星になれるのなら、本望だよ。 「さぁ、そろそろ機内食だよ。飲み物を選ぼう」 「あ、はい」  ドリンクメニュー表を渡すと、柊一は頬を染め胸が一杯の様子だった。 「海里さん、僕は……思い切って、これに致します」 「……シャンパン? 大丈夫か」 「はい」  そんなに強くない柊一が、気圧の違う機内でアルコールを飲んで良いものなのか。 「あの、駄目でしょうか。僕……海里さんと乾杯をしたいんです」 「だが…… 無理はするな」  俺は酒に強いから問題ないが、柊一の体調がつい気になってしまう。 「無理なんてしていません。この旅行は僕にとって大切なものです。門出を祝福したいんです」 「新婚旅行を?」 「あ……はい。こんなのおかしいですか。僕……男なのに……」 「嬉しいに決まっているよ。柊一が旅行に前向きになってくれて嬉しいよ」  俺だけを見つめ、俺だけを真っ直ぐに愛してくれる君が、大好きだ。  この溢れる想いが重すぎないように気をつけているが、新婚旅行中は自信がない。君を愛し潰してしまわないように、気をつけないと。 「乾杯」 「乾杯!」  グラスを傾けると、シャンパンの気泡が弾けた。  柊一は食事を取りながら、いつもより饒舌になった。  好きな本のこと、好きな映画のこと、英国で何をしたいか……  好きなものを語る柊一は、意気揚々としていた。 「いいね。旅が心を解放しているんだよ」 「あ……お喋りし過ぎました」 「そんなことないよ。それより飲み過ぎでは?」 「美味しくって、つい」 「そろそろやめないと、回ってしまうよ」 「あ……そういえば……眠いです……ふぁ……」  そのまま柊一は背もたれに深く身を預け、可愛い欠伸を一度したあと、すぐにスヤスヤと寝息を立ててしまった。 「おいおい、デザートはまだなのに、眠ってしまったのかい」  俺は柊一に毛布をかけてやった。  飛行時間は長い、少し眠るといい。  俺は、こんなに心満ちる空旅をしたことがあるだろうか。俺にとっての海外は、そんなに楽しいものではなかった。 異国の血が濃い顔立ちのせいで、日本では奇異な目で見られることが多く、息苦しかった。異国に行けば馴染めるかと思ったが、言葉の問題や気質の問題で完全に馴染むことも出来ず、中途半端だった。  だが、今日は違う。柊一との旅路が楽しみ過ぎて、溜まらない。  夜空に瞬く俺の一等星は、君だよ。  俺は君を導くが、君も確実に俺を導いてくれる存在だ。 **** 「瑠衣〜 そんなに目くじらを立てるなよ」 「え? 僕、そんな顔を?」 「そうだよ、ここ、少し解せ」  アーサーに、眉間を指さされ、ハッとした。 「頼む! 瑠衣、笑ってくれ、もう間もなく柊一くんたちが到着するのだから」 「あ……うん」  僕は怒っていない、心配しているのだ。  飛行機に一度も乗ったことのない柊一さまが、つつがなく機内で過ごされたか。海里にお酒を飲まされて酔っ払ったりしていないか、心配が尽きないんだ。とにかく、空港に着いてから、いろんな可能性が浮かんでは消えて行く。 「ふっ、これはね、執事の顔だよ。君に怒っているわけじゃないよ」 「よかった。そうか、心配しているのか」 「無事に柊一さまが到着されるよう……」 「俺も一緒に祈るよ」 「ありがとう、アーサー!」  間もなくだ。  もう間もなく、柊一さまが英国にやってくる!

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