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大きな翼 12
「柊一?」
飛行機の座席は、ファーストクラスにした。
柊一にとって初めての飛行機なので、ゆったりと寛いで欲しいから。
「あの、これ……どうやって締めるのですか」
「あぁ、やってあげるよ」
シートベルトを締めるのを手助けしてやると、柊一が可愛らしいことを囁いた。
「あの……本当にこんなに重たそうなものが空を飛べるんですか、僕……やっぱり降りた方がいいんじゃなかと思うのですが……」
真面目な顔をして、そんなこと言うなんて!
「どうして?」
「少しでも軽くしないと」
「ふっ、そんなことをしたら、俺が機内にひとりぼっちになってしまうよ」
「あ……っ、すみません。僕、何を言って」
耳朶を染めて俯いてしまう柊一。
彼の緊張を解してやりたくて、上質なブランケットの下で手を繋いでやった。
「大きな翼で、鳥のように空を駆け抜けるから大丈夫だよ。俺の傍にいてくれ」
「は、はい」
間もなく離陸する。
柊一の様子を窺うと、背筋をピンと伸ばしていよいよ真剣な面持ちだ。
冬郷家の当主としての、君の誇りを大切に守りたい。
飛行機がガタガタと轟音と共に、ふわりと飛び立つ。
柊一は「あっ!」と声をあげて、慌てて自分の手で塞いでいた。
君の初々しさが愛おしすぎて、どうにかなりそうだ。
俺が最初に飛行機に乗ったのはいつだろう? 母の故郷に里帰りしたのは、物心がつかない頃だったのだろうな。
印象的だったのは十七歳の時、瑠衣を連れて飛び立った時だ。
最初は今の柊一のように緊張して落ち着かない様子だったが、次第に馴染んできて、
久しぶりに瑠衣の笑った顔を見た。
過去を振り返るな。
前を見つめて行こう。
あの日の瑠衣は……きっとそんな決意を胸に秘めていたのだろう。
「柊一、もう安定した飛行になったから、リラックスしていいんだよ。とりあえず座席にもたれて」
「あの……海里さん、僕……なんだかふわふわして、地に足が着かない心地なんです」
あの日の瑠衣と同じことを言うのか。
「ここは空の上だから、柊一の足は浮いているんだよ」
「え? なにを言って……ふふ、海里さんはたまに愉快ですね」
柊一の笑顔は金平糖のように可愛らしく、夜空に散らばっていった。
大きな翼が、夜空を駆け抜ける。
ファーストクラスの座席はゆりかごのように優しく揺れて、君を異国に連れて行くよ。
****
「あ、もうすぐロンドンに着きます」
俺にもたれてうとうとしていたはずの瑠衣が、パッと目覚めてスッと背筋をピンと伸ばした。
「瑠衣~、まだ早いよ。執事モードはギリギリまで封印だぞ」
車窓は野山から街並みに変わっていた。
だがここは個室だ。
俺は瑠衣の唇を辿るように舐めて、甘えてしまう。
「なっ、あと少し……」
「あ……っ、恥ずかしいんです」
「どうして? ここは個室だから問題ないだろう」
「……火照った顔で、ホームに降りたくないんです」
ツンとすました顔で、そんなに可愛いこと。
あぁぁ……瑠衣はやはり俺を駄目にする。
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