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霧の浪漫旅行 14

「次は瑠衣が乗りたいものに、乗ろう!」 「僕の?」 「そうだよ。瑠衣の好きなもの、もっと知りたいんだ」  突然柊一さまに言われて困ったが、視界の端に、あの乗り物が入った。 「じゃあ……あれに乗りたいな」  僕が僕のしたいことを柊一さんに告げるのは初めてなので、新鮮だ。 「いいね。あれはメリーゴーランドか。瑠衣、行こう!」 「えぇ」  こんな風に、僕らの間にあった主従の壁は取り払われて行く。  とても自然に、とても穏やかに。 「瑠衣、懐かしいな。あの日の俺たちと同じルートを辿っていると、過去にタイムスリップしてしまいそうだ」 「あの日の君、とても素敵だったよ」 「今もさ! さぁ瑠衣、君をエスコートするよ」 「え?」  手をスッと差し出され、時間が停止してしまった。  まったくアーサーは十代の頃と少しも変わらず、僕を愛してくれる。 『変わらない愛』 『信じる愛』を今日も感じているよ。  僕は、まるで求愛を受け入れるように、アーサーの手を取った。  手と手が重なれば、生まれるのは温もり。  横を見ると、海里が同じように柊一さんに手を差し出している。  いいね。柊一さんも大好きだよ。そういうシチュエーションが。   メリーゴーランドはあの日のようにレトロな造りで、小さなパイプオルガンのようなものから、レトロな音楽が流れていた。 「どの馬がいい?」 「海里さんは、絶対に『白馬』に乗ってくださいね」 「あ、あぁ」  柊一さんと海里の会話が予想通りすぎて、微笑ましい。  いくつになっても『おとぎ話』が大好きなのがいい。  夢を見るのは、人生を豊かにすることだ。   「よし、海里は白馬なら、俺はこの横の黒い馬にしよう」 「アーサーは『騎士』のようだから似合うよ」 「お! 久しぶりにその言葉を聞けて嬉しいよ。最近俺は大型犬になった気がして、心配していたんだ」  アーサーが思いっきり魅惑的な笑顔で、僕に向かってウィンクしてくる。  すると周りのご婦人方から、甘い溜め息が聞えてきた。 「……やっぱりアーサーは、あっちがいいんじゃないか」 「え? 酷いな~ 瑠衣~」  僕が指さしたのは小熊の乗り物。 「ふふっ冗談だよ」 「瑠衣が冗談を……」 「わ、悪い?」 「最高に可愛いよ」 「も、もう――」  相変わらず僕は君に調子を崩されてばかりだけれど……  僕は相変わらず君が好きだよ。    煌びやかな光と優雅な音楽の中、馬が上下して回転していく。  さぁ、夢の世界に酔いしれよう。  あの日……初めての乗り物が怖くてポールにしがみ付いていると、君が僕の背中を優しく擦って、『大丈夫さ、俯いていると怖いだけだよ』と言ってくれたよね。  確かに、俯いていると足元から下しか見えない。  それは、アーサーと出会う前の僕の人生だ。  今の僕は、もう違う。  だから自ら顔を上げて天井を見上げた。  天井は、あの日と同じだった。  真っ青な青空に、気球や風船が浮かぶ明るい絵が描かれていた。 「柊一、大丈夫か」 「あ……すみません。僕……こういうの乗り慣れなくて」  あぁ、ポールにギュッと掴まって怖がっている姿は、以前の僕のようだ。 「柊一さん、上を見て!」 「え……上?」 「そう、夢を見て」 「あ……綺麗」  メリーゴーランドは回る。  夢を撹拌させ、夢を僕らに振りまきながら、ぐるぐる、ぐるぐると――

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