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ジェイ 第1話

荒野を渡り、夕暮れの街に帰りついたときから、ジェイはその敏感な鼻先に、奇妙な静けさと、裏腹にあたりを満たすぴりぴりした興奮を嗅ぎとっていた。 フードの下で落ち着かなげに耳を震わせ、大通りを見回す。被捕食者である人種に特有の第六感が、不穏な気配を感じとっていた。 奇妙にひとけのない目抜き通りを足早に駆け抜けて、酒場の手前の細い路地を曲がる。 行き止まりに、立派な三階建ての家屋が見えた。二階と三階に見える飾り格子の露台には、もともとここが娼館だったころの、目にも鮮やかな塗装がうっすらと残っている。 ジェイは旅塵にまみれたマントをその軒先で脱ぎ、丹念に汚れをはたき落とした。 ぶるりと頭を振って脱ぎ捨てたフードの下から、灰褐色の短毛に覆われた、しなやかに長い耳がぴんと跳ね出る。  若いジャックウサギはマントを片手に、 「ただいまぁ」 きぃ、と音を立てて軋む木戸を押し開けて、そっと足を踏み入れた。 明かり取りの窓から傾きかけた春の日が射し込んで、玄関ホールの褪せた木目を甘い橙色に照らしている。壁の釘にマントと荷袋を掛けると、迷わず一階南側の扉を開け、食堂と一続きになった談話室へ足を運んだ。 日の温かさを残した窓際に、ゆったりと腰掛けた人影を見て、ジェイはぱっと笑みを浮かべる。 「おや。おかえりなさい、ジェイ」 「エウリケ」 揺り椅子をゆらして振り返った、優しげな美貌の青年は、物柔らかに微笑んで年若い仲間を出迎えた。 白い頬にかかる亜麻色の長い髪が、さらさらと音を立てて細身の肩から流れ落ちる。袖を通さずに緩く羽織った丈の長い上着が、膝元に襞を作る。椅子の手すりには、優美な細工の白檀の杖が掛けられていた。 ジェイは駆け足で揺り椅子の真正面に回り込むと、ぴしりと踵をそろえて背筋を伸ばした。 「報告します! 無事、任務を完了し、帰着しました。エルファトの頭領カーからの返答は口頭で、『承知した。貴殿らに女神の祝福あらんことを』と仰せつかっております」 「ふむ。ご苦労様」 その背に空の王たる鷲の翼を負っているとは思えない、たおやかな容貌の青年は、ジェイの報告に穏やかに頷き、満足そうに目を細めた。 思慮の深さを滲ませる深い飴色の瞳は、彼を二十五歳という年齢よりもずっと年上に見せている。エウリケは、ジェイがこのギルドに加わるよりもずっと前に、翼の傷が原因で伝令役の前線を退き、ギルドでは内勤に専念していた。 新参者のジェイの骨身に、伝令のイロハを叩き込んだのが、このエウリケだ。 成年を迎えたばかりの十六歳で、ギルド唯一の『弱肉』でもあるジェイにとって、エウリケは優しくも恐ろしい先輩だった。 「さて、無事で何よりです。道中、何か変わったことはありましたか?」 「東回りの街道沿いはいつも通りかな。頼まれたものも買ってきたよ。……今日、何かあったのか?」 「さあ、近頃は何も。……ただ、木の芽時ではありますね」 「そっか」  思い当たらない様子のエウリケに、ジェイは得心がいかないながらも頷いた。 「何かありましたか?」 「うぅん……。町が妙に匂うんだよ」 エウリケがいかに穏やかな人柄であっても、捕食種である大鷲の青年に、非捕食種の感覚を伝えるのは難しい。 「とにかく、出歩くのはよしたほうがいい気がする」 「……ふむ。気を付けましょう」  エウリケはこの話題を打ち切り、旅塵にまみれたジェイの姿に目を止めた。 「ジェイ、夕食は摂りましたか?」 「うん、帰りがけに」  と、ジェイは照れ臭そうに頬を掻く。  街道沿いの酒場の名物料理、ふわふわ卵は、ジェイの大好物だった。 「でしたら、水を浴びて砂を落としていらっしゃい。シウが使っているようですが……。もう上がったかもしれませんね」 「確かめてみるよ」 「そうなさい」

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